中学受験が不登校の原因に? 学歴社会に苦しむ小学生たちの心理を『不登校新聞』編集長に聞いた

不登校をテーマに体験を聞くこの連載、今回は石井志昴さんが登場します。中学受験に失敗し、公立中学に入学した後、さまざまな理由が重なり不登校に。以後学校に通うことはありませんでした。今は、「不登校新聞」の編集長。不登校者にインタビューし、不登校を見つめ、分析する石井さんに、自らの体験を振り返ってもらいました。

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学歴に対する親の強い期待に押しつぶされる

――石井さんは、小学校の頃、中学受験をし、それがきっかけで不登校になったんですね。学校そのものが原因でない不登校もあるのですね。

そうですね。家の中の問題とか、塾とかも不登校の原因になることもあります。

ただ、受験という不登校の理由も、広く言えば「学校化社会」「学歴化社会」に起因しますよね。そして、家の中も学校化社会に同化してしまうと、子どもにとっては学校も塾も同じにつらい場所になってしまいます。

特によく聞くのは学歴に対する親の期待ですね。親の期待がすごく強くて、それに押しつぶされる。

塾の先生は「よくできるから東大も」などと持ち上げる

――石井さんは、勉強ができるお子さんだったのですか?

いやいや、偏差値50、ごく普通です(注:中学受験の模試での偏差値は公立の小学校の偏差値に比べ多くの場合高い)。でも、塾の先生は乗せるのも落とすのもうまいから。だいたい、入塾するとすぐに成績がグッと上がることが多いんですよ。それは、テスト向けの勉強をはじめてするからですが、そのタイミングで、塾の先生は言うんですよ。

「よくできるから東大にも行けるかもしれない」

「有名中学にいく準備をしたほうがいい」

と。親も子どもも、その気になりますよね。

けれど、そううまくいくはずもなくて、点数が振るわない。でも、点数が悪いときは

「ケアレスミスが多かったから」

と。もうちょっと気をつければ大丈夫、と。

本当にケアレスミスだけで点数が悪いのかといったら、そんなことはあるわけがない。けれど、ケアレスミスをしなければもっとできるはず、みたいな。

不登校に3年苦しんで、回復するのにその倍の年月を費やして…

――中学受験は思うようにいかなくて、公立の中学に行き、そして中2のときに不登校になったんですね。

通った公立の学校の理不尽な規則にも納得できませんでしたし、まあ、いじめもありましたし、勉強ももうひとつうまくいかなくて。受験の失敗と中学校内の不条理と、そういうものが自分の中で二重構造を作ったというのもあって。中2から学校に行かなくなって、高校も大学も行っていません。

――いじめは、クラス替えなどすれば、少しよくなるものでしょうか?

人それぞれだし、どれくらいいじめを受けていたかにもよりますね。ずっといじめを受けていると、だれかが自分のほうを見てしゃべっているだけで、自分のことを何か悪口を言っている、というように思えてくる人もいますし。

 多くの子どもは、学校に行ったり行かなかったりを繰り返しますけれど、休み休み通ったところで、解決しないことは多いです。何年も苦しんでいる場合、一度休むと長くなってしまうこともあります。

 私の場合は中学受験が苦しくて、そのあと中学校生活も苦しくて、3年くらい学校に行きながら苦しみました。結局、回復するまで倍の6年かかった。だれでもだいたい、そんなものかもしれません。

フリースクールは均質性が少ないからラク、年齢の幅も広い

――フリースクールには行ったんですよね? フリースクールはご自身には合っていたのですか? 学習指導要領に沿った勉強をしなくていいなど、フリースクールは自由度が高いところが不登校の子にはラクだ、という話もよく聞きます。

そうですね。学校がきついと感じるのは、均質性が高すぎるから。そういう意味では、フリースクールは均質性が少ないです。

 年齢差も大きい。私が通っていたフリースクールは、6歳から20代までいました。フリースクールでも子ども同士のトラブルはあるんですよ。そういうとき、学校は子どもは黙っていて大人の介入を待つようになりますが、ここではだれかがすぐに仲介に入ってしましたね。私は周囲から「ちょっとおまえはぜんぜん(困っている子たちを)守ってねぇ」などと言われていましたが()。それでも、子どもたちで解決する形ができる。

 結局僕は中2で不登校になって、あとはフリースクールで過ごし、不登校新聞社に所属して19歳からスタッフとして働いたので、中2以降、学校にはまったく行っていません。

中学までの勉強は本気になれば自分でやれる!

――勉強とか学歴のことは気にならなかったですか?

高等学校卒業程度認定試験(旧大検)を受けるために、勉強はしましたよ。中学までの勉強は、詰めれば数ヶ月でできるという実感を得ました、それは自分が特別ということではなくて、やればみんなできると思う。中学までは、「行かなかったから勉強ができない」と心配しすぎなくてもいいんじゃないかと思っています。認定試験を受けて受かれば、行きたくなれば大学にも行けるわけですし。

親は子どもの進路に責任をもたなくていい。子どもを尊重して

――親が不登校を「困る」と思うのは、「学歴がなくなるのは困る」という部分が大きいと思います。将来仕事につくときに、本人が路頭に迷うのではないかと。

今の学校教育とか塾とかは、魔法にかかったように同じ方向に向かっていると思うのです。常々思うのですが、親にも学校の先生にも医者にも、その子の未来を予測する力はないんですよね。ですからその子にとって、適切な進路を選ぶ才能が、親だからあるわけではない。「親は進路に責任をもたなきゃ」って思っていると思いますが、そんなふうに思うことはないと。

子どもの時間は大人になるための準備期間で、大人になって苦労しないために今勉強しなきゃって思われている。それでヘトヘトになってしまう。準備が多すぎるんです。

どうせ大人になれば、苦労するんです。いやな目にもあうし、いいなと思っている人ともさんざっぱらケンカしちゃったりするので。予想どおりになんかいきません。

だから、人生の準備をやめたほうがいい。子どもは「今」を生きているのだから、もう少し今を楽しむ時間を増やしたほうがいい。

人はだれでも苦しむし、苦しまないためにがんばらせるのではなく、苦しんだときに親にSOSを言いやすい環境ってほしい。

――耳が痛いですね(笑)。親は、自分がうまくいかなかったことを後悔して、「だから子どもはここで失敗しないように」とあれこれ言いたくなる。勉強に関しても、「しっかり勉強しておかないと自分のように失敗する」と思って、もっとやりなさい、と思ってしまう。

その反省は、今のご自分に生かせばいいですよね()。子どもに反映しなくてもいい。子どもの幸せを願うことは悪いことではないけれど、やりすぎてしまうってことですよね。

 本人の意思を尊重するにつきます、本人の人生ですから。そうすれば、自分の人生に納得できるし、「親にこんなに強制された」などと恨まれなくてすみます。

不登校になってもほとんどが普通にその人なりに幸せになっている

――学校に行って勉強をして、世の中で認められる職に就くことこそ幸せだと、親は思ってしまいがちですが……

子どもが幸せになることを目的にするのはいい。でも、学校に行くことだけが幸せではないと切り替える。学校とはソリが合わない子は、別の幸せの道を選んでもいいと思うんです。台湾の天才デジタル大臣と言われるオードリー・タン氏もいじめを受けて不登校になり、フリースクールに通って今がある。

私は不登校新聞での取材を通して、かつて不登校だった人400人くらいにその後の話を聞くんですが、みんなほぼ大丈夫。10代の頃に出会った不登校の人たちも、ほぼ普通のおじさん、おばさんになっています。結婚している人もいればしていないひともいれば、お子さんを産んでいる人もいれば、離婚した人もいる。何回か結婚してまだ反省していない人もいます()

大きな新聞社に勤めたり、IT企業を立ち上げたり、普通の八百屋さんだったり、消防士だったり、専業主婦だったり。まあ、主婦の方も含めて、総じて仕事場の悪口を言っていますが、でもやりがいをそれなりに感じています。本当にふつう。それでいい。それがいいじゃないですか。

石井さんが編集長をつとめる『不登校新聞』ほぼ毎号、石井さんは不登校当事者のインタビューをしている。

中学受験塾に通うようになってから、勉強がつらくなり、追い詰められて学校にも行けなくなったという石井さん。塾も学校も保護者も、学歴社会ばかりをみつめることが、不登校のタネをつくっているのかもしれません。そして、不登校になると、学歴社会からドロップアウトした、という不安にさいなまれる……。でも、石井さんの言うように、一度不登校になった人も、ほとんどが「ふつうの大人」としてしっかりと生きているのです。「ふつうがいい」という石井さんの言葉、さらりとしていますが、重みがありました。

石井志昂(いしい・しこう)さん

1982年、東京都町田市出身。中学校受験に失敗したことを機に学校生活があわなくなり、中学2年生から不登校に。以後、フリースクールに通う。19歳からNPO法人全国不登校新聞社が発行する『不登校新聞』のスタッフとなり、2006年から編集長。これまで、不登校の子どもや若者、識者など400人以上に取材している。

取材・文/三輪 泉 撮影/五十嵐美弥(インタビューカット)

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