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「親はこうあるべき」にしばられず、リラックスを
工藤先生は、子どもたちの自律を促すうえで、日本の子どもたちの自己肯定感が世界的に見て低いことを問題視されています。自己肯定感の高い子を育てるうえで、親はどういうことに気を付ければいいと考えていますか?
工藤 親御さんには「あまりこうあるべきだと思いつめないでください」と伝えたいですね。私は40年近く教育に携わってきていちばん感じるのが「親はこうあるべきだ」とは言えないということです。今の親はつらいですよ。親がこうあるべきだというハウツー本が多すぎでしょう。あなたはそれができていない、足りていないと、否定されることが先だから、自分を責めて落ち込んじゃいますよね。でも、親がそんなふうに考えることで、いちばん大事なものを失ってしまうかもしれない。
松丸 それはなんですか?
工藤 東京大学の先端科学技術研究センターに熊谷晋一郎さんというお医者さんがいます。熊谷さんは、創造性豊かな組織を作るには、みんなが信頼し合い、失敗が許される心理的安全性が保たれた環境が最も大切だと言っています。たしか、グーグルも同じような研究をしていますね。これは家庭でも同じだと思います。親が自分を責めて落ち込んでいるような環境で、心理的安全性が保たれた子どもは育たないですよね。
松丸 うーん、僕の母親がそういうタイプだったかもしれません。例えば僕の成績が悪いとか、なにかトラブルを起こした時に、僕を叱るのではなくて、子どもをこんなふうにさせてしまったと自分の教育を悔やんでいました。僕の場合は、その母の姿を見て「もっとちゃんとしなきゃな」と思えたので良かったんですが、一般的には、やっぱり親がストレスフリーでリラックスしている方が、子どもも伸び伸びと育つというのはすごくわかりますし、その方がハッピーな家庭環境だなと思います。
工藤 理想を掲げたらきりがないですからね。
松丸 教育に熱心になればなるほど、こうしなきゃいけないっていう義務が増えて、それにストレスや負い目を感じて親が苦しくなってしまうというのは、なにか悲しいスパイラルだなと思います。
自分で自分を褒めることが自己肯定感を高める
工藤 私は、他人から褒められるのを求めるのではなくて、自分を自分で褒める体験を持っている人間が成長すると思うんですよ。松丸さんも、きっとたくさんそういう経験があったんじゃないですか?
松丸 そうですね(笑)。僕がナゾトキを作るきっかけになったのは、小学校3年生ぐらいの時に観た『IQサプリ』というテレビ番組です。普通のクイズ番組だと、3人の兄に絶対勝てないんですよ。だけど、この番組は知識ではなくてひらめきや地頭を問うクイズなので、僕が家族の中でいちばん先に正解することがあったんですね。その時に初めて「もしかしたら俺は頭がいいのかもしれない」と思いました。
工藤 それが初めて?
松丸 はい。それまではゲームも勝てない、勉強も勝てない、口論しても勝てないから、僕の自己肯定感は限りなく低かったと思います。でも『IQサプリ』でいつも負けていた兄たちに勝つことができた。これが初めての自信になって、ナゾトキの道に進みました。今でも、ナゾトキでめちゃくちゃいい問題が作れたとき、「俺、天才かも!」と思います(笑)
工藤 わかる(笑)。私もどちらかと言ったら同じタイプで、毎朝シャワーを浴びているときにいろいろなひらめきがあるんです。例えば横浜創英でやりたい教育のアイデアが生まれたり、抱えていたトラブルの解決方法が浮かんできたり。その度に、「俺ってすごい」と思って、妻に「今日もいいアイデアが湧いたよ」って言うんですけど(笑)。そういうのってすごく大事だと思うんですよね。
松丸 わかります。ナゾトキの問題は学校の勉強の枠から外れているので、学校の成績が良くない子でも、自分で正解にたどり着ける。それが、自分には何か別の才能があるかもしれないと思うきっかけになるんです。以前、小学生の子どもを持つ親御さんから「うちの子が急に東大に行きたいと言い始めました。勉強はぜんぜんできないんです、どうすればいいですか?」と相談を受けました。話を聞くと、その子は勉強が苦手なんだけど、ナゾトキの問題を解くのがめちゃくちゃ早くて、東大に興味を持ったと。ナゾトキでその子の自己肯定感が高まったんですね。こういうきっかけを作りたくてナゾトキをしています。
子どもの自己決定を促す、魔法のような「3つの言葉」
工藤 自分で自分のことを褒めるような自己肯定感って、言い換えると自分で考えて決定したことに対する自己評価ですよね。だから、大事なのは、子どもが自己決定の機会を持っていることなんです。自己決定を妨げられている人は、自己肯定感が低くなってしまうし、自信を失って自己決定できなくなってしまう。子どもたちにも自己決定の機会をたくさん作ってほしいですね。
松丸 そのために、どうしたらいいんでしょう?
工藤 これは麴町中学の校長をしている時に考えたことですが、子どもに何かトラブルが起こったときに使う「3つの言葉がけ」があります。
1.「どうしたの?(何か困ったことある?)」
2.「君はどうしたいの?(この後どうしたいの?)」
3.「何を支援してほしいの?(僕にできることはあるかい?)」
という3つのセリフです。この3つはすべて疑問形なので、子どもが自分で考えて自己決定せざるを得ないんです。
松丸 確かにそうですね!
工藤 「自己決定していいよ」という環境を作ると、子どもは安心して、チャレンジしようとします。これは学校だけでなく、子育てでも大事なことですね。親が過剰に口や手を出すのではなく、常に子どもに自己決定の機会を与えていると、自己肯定感が強まり、自ずと自信と主体性が付いてきます。そのために大切なのは、失敗しても大丈夫だと思える安心安全な環境を作ってあげることです。
松丸 僕も自己肯定感がすべての源だと思っています。逆に自己肯定感がないと、どんな取り組みをしても、上には上がいるし、勝てないからやってもしょうがないっていうネガティブな思考になったり、一歩が踏み出せない子どもになっちゃうと思うんです。そういう意味では、自己肯定感は最も大切なキーワードのひとつですね。
工藤 人が何かに挑戦したり、自律して生きていくためには、失敗が許される社会が求められます。心理的な安全性が保たれたところでしか、建設的な対話も改革も生まれません。そこのベースに立った教育を広めていきたいと思います。
取材・文/川内イオ 写真/五十嵐美弥(本誌) ヘアメイク(松丸)/大室愛 スタイリング(松丸)/飯村友梨
プロフィール
プロフィール
東京大学に入学後、謎解きサークルの代表として団体を急成長させ、イベント・放送・ゲーム・書籍・教育など、様々な分野で一大ブームを巻き起こしている”謎解き”の仕掛け人。現在は東大発の謎解きクリエイター集団RIDDLER(株)を立ち上げ、仲間とともに様々なメディアに謎解きを仕掛けている。監修書籍に、『東大ナゾトレ』シリーズ(扶桑社)、『東大松丸式ナゾトキスクール』『東大松丸式 名探偵コナンナゾトキ探偵団』(小学館)『頭をつかう新習慣! ナゾときタイム』(NHK出版)、など多数の謎解き本を手がける。
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