目標は自分で立て、〆切は誰かに設定してもらうと良い
教育経済学者として、中室先生は「本当に子どもが伸びる教育とはなにか?」を研究されています。中室先生から「ナゾトキ」はどう見えていますか?
中室 ナゾトキって、自分の頭だけで楽しめるところが良いですよね。国語と算数だと、算数の方が自己肯定感が上がりやすいというデータがあるんです。算数って1問解いたらすぐ次に進めますよね。でも国語は答えが曖昧なので、国語では自己肯定感が上がりにくいとされています。その点で、ナゾトキは、算数に近いと思います。非常にゲーム性が高くて、ひとつの問題が解けると「わかった!」という達成感があり、自己肯定感が高まって、次に進みたくなる。そのプラスの連鎖が起きやすいというのは、長い目で見たときに学習を長続きさせるとても重要な秘訣なんですよね。
松丸 ナゾトキは特別な知識が必要ないので、学力に関係なく急にひらめいて問題が解けたりするんです。先生の本に「自己肯定感が高いから学力が高いのではなく、学力が高いから自己肯定感が高い」という記述がありましたが、ナゾトキを解けた子が「自分ってすごいかも!」と自信を持ってくれるなら、それと同じことが起こっているんじゃないかと思っています。
中室 その自信は大切ですね。
松丸 あと、子どもって、ヒントを見ないで、自分の力でやり抜こうとするんですよ。その様子を見て、非認知能力のなかでも大切だとされている「自制心」と「やり抜く力」も身に付いているのかもって思うと嬉しいですね。
中室 「やり抜く力」は大切ですね。なにかをやり抜くのは難しいことですが、ちょっとしたサポートで効果が出ることもあります。
松丸 たとえば、どんなサポートがあるんですか?
中室 なにかをやり抜くために有効なのは、まず「目標を設定する」ことです。目標を設定することは「自分の将来の行動にあらかじめ制約をかける」ことで、これはお金がかからず誰にでもできることですよね。加えて、「〆切を設定する」というのも有効かもしれません。
松丸 それは大人にも応用できそうですね! 詳しく教えてください。
中室 アメリカで約100人の社会人学生を対象に3本のレポート提出を課した実験があります。この実験では〆切について2つのパターンを設定しました。「3本のレポートに等間隔で〆切が与えられているグループ」と、「2本目までは学生が自分で〆切を設定できるグループ」です。この結果、等間隔で〆切が与えられているグループのほうがレポートの成績が良かったことが明らかになりました。つまり、既に社会人経験があるような大人の学生でも、自ら最適な〆切を設定するのは難しいということになります。
松丸 誰か、〆切を設定してくれるサポート役がいるといいんですね。
中室 はい。さらに、〆切は、1か月の長期間でこれを仕上げろというのではなく、1日ごとや1週間ごとなど、細かく設定し、成果を確認するほうが効果が高いことも示されています。ただ、興味深いのは、〆切設定は他人がしたほうが良いのですが、目標設定は自分でしたほうがうまくいくという研究もあります。目標設定を他人任せにして、とても達成できないような高い目標を掲げると、かえって目標に到達できなくなってしまうことになります。
目標達成のための方法「コミットメントデバイス」
松丸 今のお話を聞いて、高校時代を思い出しました。僕は大学受験のとき、タスク表を玄関に貼っていたんです。例えば、今日は数学の参考書はここまで、英語は単語をいくつ覚えるとかを全部書き出して、わざと親に見えるように。それでクリアしたら、玄関まで行ってチェックを入れる。それを見た親から「今日もがんばってるな」って言われて、よし! みたいな。
中室 すごくいいやり方だと思います。それは、「コミットメントデバイス」と言って、自分が達成したいものを人に知らせるやり方ですね。「明日からダイエットします」とか「明日から禁煙します」って宣言する人がいるじゃないですか。人に知らせると簡単に引けなくなるんですよね。
松丸 目標設定も、最初は「3カ月後までに苦手を潰す」ってやっていたんですけど、ぜんぜん続かなかったんですね。だから毎日設定しようと決めて、勉強を始める前に「今日はこれをやる」と1日の計画を立てるようにしました。その目標も、大中小と3パターンあって。最低限ここまでやればいいという小目標、いつも通りのペースでやったらここまではいけるという中目標、マジで調子よかったらここまでやるという大目標の3段階で設定したんですよ。それでうまくやる気を落とさないようにしていました。
中室 すばらしいですね。今のお話を聞くと、松丸さんの場合、認知能力が高いだけじゃなくて、自分をコントロールする方法を知っているんだと思いますね。
松丸 ゲームで、まず敵を5体倒すとボーナス、みたいなのありますよね。身近な目標が設定されていることでやる気を引き出すってすごいな、と思って。ゲームが好きだからゲームをお手本にしただけなんですけどね(笑)
中室 教育経済学的には、子どもが成長したら、自分で目標を立てて、自分で管理してやってもらえればいいので、それをできる力を幼少期につけさせてあげることが大切ですね。
学習効果が長続きする読書
幼少期の教育という点では、『「学力」の経済学』の「インプットにご褒美を与えると効果的」(※前編にも掲載)という話のなかで、「本を読むことにご褒美をあげると、学力の上昇が顕著という結果が出た」とありました。読書については諸説ありますが、どう捉えていますか?
中室 読書については最近山ほど研究が出てきていて、結論から言うと読書は教育にすごくいいと思います。フィリピンで行われた「リーダソン」(マラソンの読書版)の効果を検証した論文では、読み聞かせをした子は、やらない子に比べて学力が高くなるという結果が出ました。ただし、ただ単に図書館や学校の蔵書数が増えただけでは効果は小さく、学齢に応じた本を読んだ子どもに大きかったということがわかっています。
松丸 そうなんですね。
中室 この手の介入はそのとき瞬間的に効果が出るのは珍しくなくても、持続するのが難しいと言われています。でもこの実験に関しては、読み聞かせを終えた後になっても効果が持続すると言われているんですよ。本を読ませることの効果は幼少期が大きいと言われているので、小さいお子さんに本を読むような習慣をつけるってことは大事ですよね。
松丸 『「学力」の経済学』が出版されてからの7年間で、さらに教育にかかわる興味深い研究やデータが生まれていることがわかって、本当におもしろかったです。自分に子どもできたら、聞きたいこといっぱいあります(笑)
中室 相談してください(笑)。多くの人がご存じのように、人生の本番は学校を卒業した後にやってきます。ですから、子どもが受けている教育が、今現在の成績だけでなくもう少し長い目で見た、将来に良い影響を与えるかどうかを知りたい人は多いでしょう。近年の教育経済学は、同じ個人を長期的に追跡する調査や記録を用いた分析をすることで、教育の「長期的な効果」について知ることができるようになってきました。こうした知見を用いて、子どもたちの能力を高めるために、社会や政策として何ができるのかということももっとしっかり考えていかないといけないと思っています。
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記事監修
東京大学に入学後、謎解きサークルの代表として団体を急成長させ、イベント・放送・ゲーム・書籍・教育など、様々な分野で一大ブームを巻き起こしている”謎解き”の仕掛け人。現在は東大発の謎解きクリエイター集団RIDDLER(株)を立ち上げ、仲間とともに様々なメディアに謎解きを仕掛けている。監修書籍に、『東大ナゾトレ』シリーズ(扶桑社)、『東大松丸式ナゾトキスクール』『東大松丸式 名探偵コナンナゾトキ探偵団』(小学館)『頭をつかう新習慣! ナゾときタイム』(NHK出版)、など多数の謎解き本を手がける。
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取材・文/川内イオ 写真/藤岡雅樹(本誌) ヘアメイク(松丸)/大室愛 スタイリング(松丸)/飯村友梨