帰国が決まった
バルセロナのブリティッシュスクールのあれこれを書いてきたこの連載ですが、今回は帰国についてのあれこれを書こうと思います。
そう、海外赴任は帰国までがワンセット。夫の担当仕事が終わり、ついに帰国する時期が決定したのです。
いつか帰国するのは百も承知だった大人の私だって思うところはいろいろあるのだから、子どもにとってはその100倍くらいに思うところはあるはず。
だから、帰国にあたって悩ましいのは、いつ子どもに帰国について告げるか。そして帰国後の学校をどうするか。
このあたりも体験してわかったことがたくさんあったので、今回はそんな思い出について書こうと思います。
あの頃のことは、いま思い返してもせつないよ…。
帰国を告げたら、息子は泣いた
我が家の場合、夫の仕事の担当上、当初は1年くらいで赴任終了するかもと言われていて、結局は予定が延びて滞在したのは2年と1カ月。最初は日本人学校に通っていたので、ブリティッシュスクールに在籍したのは、1年半くらいでした。海外赴任としては短いほうです。
息子に帰国について知らせたのは、今年の4月。夜ごはんを食べていたレストランで話しました。
実は私は、息子に知らせてもたいして悲しまないんじゃないかと思っていたのです。なぜなら、日本からスペインに転校するときもあっさりしていたし(保育園のクラスの子は泣いてくれたりお手紙をくれたりもしたのに)、日本人学校からインターに転校したときもあっさりしていたから。
どうも人間関係にドライなタイプっぽいし、「うん、わかった!」くらいに言うのかな、くらいに予想していました。
そしたら全然違いました。
話した瞬間に、息子は硬直。みるみるうちに目に涙がたまっていき、それがぽろぽろこぼれて、ついにはひっくひっくとしゃくりあげて泣き出したのです。そんな様子を見て、私と夫はビックリ。
息子は泣きながら、
「だって…友達がっ……せっかく、できたのに…!」
と絞り出すような声で言うのです。
そうか…学校の校風が合ってそうだなあとは思っていたけど、そんなに今の学校の友達が好きだったんだ…。ゼロから英語を覚え、学校にも慣れ、友達も増えてきたタイミング。親としても、正直言えば、もう少しこの学校に通わせてあげたかった。でも私たちに帰国時期の決定権はない。もちろんいつか帰国することは伝えていたけど、もうちょっと延びるかもという話も出ていたし、タイミングが予想外だったよう。
「なんで!?」
とも言われたので、夫が仕事が終わったことを説明しました。
しばらく話していたら、息子は泣き止み「わかった」と納得。その納得できてしまう、できてるわけじゃないんだろうけど口ではそう言う、その大人っぽさに、かえって申し訳ない気がしました。子どもに気を使わせている、とも思いました。そして、泣き止んだと思ったら、まだ寝る時間には早いのに、スコンと眠り始めた息子。ショックを受けて泣いて体力を使ったのだなあ…。目のまわりを濡らして、すうすう寝息をたてる姿を見てたら、さらに申し訳ない気分になりました。
その日以降はわりとケロリとしていたけど、「転校のことを考えると泣いちゃうからあんまり話さない」とたまにポツリとつぶやいていました。
息子は自分なりに整理しようとしている。立派だなあという気持ちと、申し訳ないという気持ちといったりきたりしていました。
帰国後の学校は?インター?私立?それとも…
さて、息子に知らせるというミッションは終わったものの、悩ましいのは帰国後の学校。
スペインに滞在し、ブリティッシュスクールにも通った息子はいちおう「帰国子女」。まだブロークンとはいえ英会話もマスターし、息子本人も「英語は忘れたくない」と言っている。でも子どもは語学をあっという間に憶えるけれど、あっという間に忘れる、なんてのはよく聞く話。
とはいえ、小2の年齢だと、日本の公立小学校は英語の授業自体がない。だから英語力を維持したいなら、
(1)英語系インターナショナルスクールに通う
(2)英語に力を入れている私立校に通う
(3)公立校に通いながら、英語教室など学校以外で勉強する
の3択。
ただし、日本の英語系インターのほとんどは、バルセロナのインターよりもさらに学費が高い(例外的に、インド系インターなどは英語メインでも安い)。バルセロナでは赴任ということで会社から教育補助が出ていたけど、日本ではその補助はもう出ないから、我が家にとってはかなり厳しい。そして、ほとんどのインターは日本では小学校として正式に認められてないので、小学校卒業資格を得ることができない。そのまま海外の学校に進むならともかく、日本の学校に進学するときは支障が出てしまう(そのため、公立校に在籍して実質はインターに通うという裏ワザ的なことをする子もいる)。そして、授業料が高いわりに日本のインターもピンキリとの噂も聞く。
一方、私立校。これに関しては授業料も校風もさらにバラバラ。公立よりは英語に力を入れている学校が多いけど、どれくらい力を入れているかはかなりの差がある。帰国子女受け入れという看板を出していても、それは必ずしも英語に力を入れているとは限らず、
(1)英語に力を入れている
(2)海外で遅れた日本語のフォローに力を入れている
(3)日本語のフォローと英語の維持強化と両方に力を入れている
というパターンがあるよう。さらに少子化の時代に合わせて、英語以外もプログラミングやら何やら、各校でそれぞれに力を入れている分野が違う。校風もお固いエリート校から自由な校風の学校まで多種多様。戻るのが東京ということもあって、学校数自体が多い。帰国後、1年くらいは帰国子女枠で編入しやすい学校もある。
そんなわけで、帰国する前の数ヶ月はかなり学校のリサーチに時間を使うことになりました。私立校となるといわゆるお受験校であることも多いので、リサーチしていたら、クチコミコメントでプライドが高そうなママ同士の小競り合いを目にしてしまい、
「最後のバルセロナ生活を楽しみたい時期に、なんだってこんなものを見ないといけないんだっ…!てゆーか、ムリムリ、こういうママたちとうまくやっていく自信ない〜!!」
と心底ゲンナリしたりしていました。
バルセロナに住み始めの半年、転校したこともあって学校のリサーチばかりの日々を過ごしていましたが、最後も学校のリサーチで終わるんだ。子連れで海外に住むって、本当に地味な事務作業が多いよなあ、と思ったり…。
あ、そういえば!
ある友人には、「東京での英語力の維持?港区に住むといいらしいよ!港区は外国の人いっぱいいて、ご近所の人とのコミュニケーションで英語をすごく使うから、インターとか私立とか行かなくても英語力あがるらしいよ!」と言われ、「その引越しがいちばんハードル高いっつーの!!」と速攻で突っ込みました(笑)。
公立校はインターよりも「多様性」がある
調べるうちに、英語に力を入れている私立に行くか、公立校に通って教室などで英語を維持する、のどちらかで迷うようになりました。
でも、日本の今の小学校をよく知らないのだから、どちらがいいのかいまいちわからない。そこでバルセロナの友達にも意見を聞いてみたのです。
「息子はインターがすごく合ったから、ああいう多様性がある環境が合うのかも」
そんな風に私が言うと、7カ国に住んだことがある友人(日本人、娘さんは中学生)はこんなふうに答えたのです。
「インターや私立校は、確かに国籍的な多様性はあるかもしれない。でも、家庭環境って意味では、公立校に勝る多様性はないよ。公立校には本当にいろいろな家庭の子が集まる。経済の差は大きい。そういう世界も知ったほうがいい。私としては絶対に公立の小学校をオススメするよ!」
ハッとしました。
この連載には「ダイバーシティ=多様性」というタイトルがついていて、国の違いからくるいろんな多様性を紹介してきました。でも確かに、家庭の経済差だって大きな多様性のひとつです。
同じようなことは、帰国後に別の友人にも言われました。その友人は某出版社の編集者なのですが、彼女はこんな風に言うのです。
「私は小中と公立校に通った。高校も公立だったけど受験で入ったかなりの進学校で、大学は有名な私立大。中学校までは話が合わない人が多くてつらかったけど、高校では話が合う人が増えてすごく楽になった。受験のない公立校には、自分と家庭環境や文化度があまりに違う人がたくさんいたからだと思う。でも、大人になってから思ったことがある。もし小学校から私立に行ってたら、「子どもの頃から私立校に通うような子どもとその家族」が「普通の一般的な日本人」だと思って、そういう目線で生きて、出版物を作る人間になっていた。それってものすごく視野が狭い行為。いま考えると、公立校で多様性を知れたのは、窮屈な思いもしたけど、自分にとってはすごくよかったと思うよ」
これもなるほど、と思ったのです。
息子は、運よく子どもの頃から海外に住むという経験ができた。今まで何カ国もの海外に旅行し、プールつきの広いお宅にもたくさんおじゃまし、インターにも通った。それは、私の子ども時代と比べたらとんでもなく贅沢なことです。このうえ、同じような子どもが集まる小学校に帰国後にすぐに通ったら、なにかを勘違いしてしまうかもしれない。「日本の一般的な子ども」「日本の一般的家庭」像が偏ったものになるかもしれない。自分の置かれた環境がラッキーだということに気づかずに生きてしまうかもしれない。それって、ある意味、危険なことなんじゃないだろうか。
そんなことを考えているうちに、話題になった上野千鶴子さんの東大でのスピーチを思い出しました。
「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください」
あれは、自分のラッキーを勘違いしないように、間違った方向に使わないように戒める言葉。私は息子が今後どんな人生を歩もうとも、自分より弱い人の存在を無視しない、軽視しない人間になってほしい。
そんなことを考えていくと、だんだん、息子を公立校にいかせたほうがいいのではないかとも思えてきたのです。
それでも、「いやいや、せっかくの帰国子女枠。普通ならお受験で入る学校にも編入で入りやすかったりもする。どうせいつか受験勉強に日々を費やすなら、さっさと私立に行ったほうが楽でいいんじゃない?堅苦しいお坊ちゃん校は嫌だけど、校風が面白そうな学校もありそうだし!」なんてことも頭をかすめ、やはりカンタンには決められない。
そんなわけで、私立と公立と、公立に通った場合の英語教室情報と学童情報をちまちまと集めたり問い合わせたりしながら、バルセロナの残りの日々を過ごしていました。
一方、もうすぐ転校ということで、ありがたいことに息子はいろんなうちからお声がかかり、いろんな国籍の子のうちに遊びに行っていました。今日はスウェーデンファミリー宅、今日はマレーシアファミリー宅、今日はカザフスタンファミリー宅…。学校でもお別れ会を開いてもらい、いろんな子からメッセージももらいました。本当に愛されていたんだなあ…と感じたし、親としても嬉しい日々でした。
そして結局、いいなと思った私立小学校が枠がいっぱいだったりの事情もあり、はっきりと小学校が決まらぬままに帰国することになりました。このままだと家の近くの公立小学校に通うことになるけど、それはそれでアリ、むしろそれがベストかもしれない、という気分にもなっていました。
でも、そのときはまだ、帰国後に小学校に加えて英語教室についても悩むことになるとは、私は気づいていなかったのです。
(↑同じクラスで家も近所だったマレーシア人の友人と。いい子だったな〜!2人が持っているのはサッカーカード。コレクションして、ファイリングして、友達と取り替えっこしたりするのは、バルセロナ少年の定番の遊び。今でも大事に持ってるよ)
ハラユキ
イラストレーター&コミックエッセイスト。夫の駐在赴任により、2017年6月より〜2019年7月までスペイン・バルセロナ在住。雑誌やWEBなどでイラストやマンガを描いたり、コミックエッセイ書籍を出版。「東京くらし防災」(東京都)のイラストも担当。「世界の家族の家事育児分担事情から知る、つかれない家族を作るヒント」や現地ごはん情報なども発信中。おいしいごはんと宴会と祭りとお風呂屋さんが大好き。7歳男児の母。家族をテーマにしたオンラインサロン「バル・ハラユキ」も主宰中。Twitterでは日々の生活や考えたこと、instagramでは主に食いしん坊メモを発信中。
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