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9月・10月はベランダなど高いところからの転落が多発する月です
イラスト 久保田 修康
事故による子どもの傷害を予防することを目的として活動しているNPO法人「Safe Kids Japan」が、子供のけがや事故について教えてくれる連載、今回は秋に多いベランダからの転落事故のお話です。
秋の気配が感じられるようになってきました。夏の間はエアコンを使うために窓を閉めていたけれど、涼しくなったので窓を開けてさわやかな初秋の風を楽しむ、という方も多いのではないでしょうか。
しかし9、10月は1年のうちでももっとも転落事故の多い時期のひとつ(2017年東京消防庁の調査による)。思わぬ転落事故から子供を守るためにはどうすればよいのでしょうか。
3 転落を予防するために〜変えられるものを見つけ、変えられるものを変える
についてお話します。
1 ベランダからの転落はどのように起きているのか
東京都製品等安全対策協議会が2017年に公表した資料によると、「事故発生現場を目撃している事例は少なく、どのようにベランダ等から転落したか不明な事例が多かった。」とありますが、事故につながる動作がわかった26件のうち、「手すりの上を越える」が23件と最も多かったということです。
建築基準法で、「ベランダ等の手すりの高さは1.1m以上」と決められています。1.1mは5歳児の平均身長とほぼ同じ。幼児がその高さを越えるのはなかなか大変ですが、実際に子ども達は乗り越えています。どのようにして手すりを越えたのでしょうか?
NPO法人Safe Kids Japanでは、2016年から2017年にかけて「ベランダ1000」プロジェクトという調査を行いました。この調査では、子育て中の方にご自宅のベランダを撮影していただき、その写真を送っていただいたり、手すりの高さやベランダの奥行きなどのデータも送っていただきました。その写真から、子供が手すりを乗り越えるパターンを推測してみたいと思います。
足がかりになるものがある
多くのご家庭では、ベランダに足がかりになるものは置いていない、と認識されていると思いますが、実際には
エアコンの室外機
大型の植木鉢
ごみ箱
車のタイヤ
など、「足がかりになりうるもの」が置かれているベランダが多くあることがわかりました。
エアコンの室外機は、万が一子供がその上に乗っても、手が手すりに届かないよう、手すりから60cm以上離して設置することが必要ですが、ベランダの奥行きが狭く、60cm以上離すことができないベランダも多いことがわかりました。
手すりの形やデザインそのものが足がかりになる
足がかりになるものを何も置いていなくても、手すりの形やデザインが足がかりになってしまうケースも見られました。
ひとつは、いわゆる「腰壁」といわれるものです。この写真をご覧ください。手すりの高さそのものは130cmありますが、床面から70cmあたりまでがコンクリート製で、その上に幅20cmくらいの水平部分がありますね。この水平部分に子供が乗り、手すりから身を乗り出す、という可能性があります。
また、横に渡すタイプの手すりの桟や、曲線を使ったデザインも足がかけやすく、結果として足がかりになってしまうこともあります。
2 お宅のベランダは大丈夫?今すぐできるベランダのチェック
NPO法人Safe Kids Japanが行なった「ベランダ1000プロジェクト」では、「ベランダからの転落を予防するための対策は特にしていない」という方が7割でした。あなたのお宅ではベランダの安全対策をされていますか?早速チェックしてみましょう。
大型の植木鉢やごみ箱など、足がかりになりそうなものは置いていない
テーブルや椅子などを置いていない
自転車・三輪車、すべり台など、子どもの玩具や遊具を置いていない
エアコンの室外機は、手すりから60cm以上離れている
手すりの高さは1.1m以上である
手すりの桟は縦型である
手すりに腰壁部分はない
3 転落を予防するために〜変えられるものを見つけ、変えられるものを変える
上のチェック項目すべてが「はい」の場合は、基本的に安全なベランダであると言えるでしょう。しかしベランダに足がかりになりそうなものが置いていなくても、子供が室内から椅子や箱を持ち出す場合もあります。また、エアコンの室外機の設置場所や柵のデザインは、個人では変えられないものです。
「変えられるもの」を見つける
まずは「変えられるもの」を見つけることから始めてみましょう。
大型の植木鉢やごみ箱など、足がかりになりそうなもの
テーブルや椅子
自転車・三輪車、すべり台など、子どもの玩具や遊具
これらについては、それぞれ「置く」こと、「置いてある」ことを変えることができます。要は、足がかりになりそうなものを「置かない」ということです。もしどうしても置かざるを得ない、他に置くところがない、という場合は、柵などを設置して、子供が近づけないようにします。
子供が室内から椅子や箱を持ち出すことも、「変えられる」ものです。ベランダに出る窓の高い位置に鍵を取り付け、子供が窓を開けられないようにすることです。そのような鍵は主に防犯用としてホームセンターなどで販売されています。
「変えられないもの」
次に、「変えられない」ものについて考えてみます。
エアコンの室外機を手すりから60cm以上離すことができない
このような場合も、「室外機に近づけないよう柵を設置する」、または「室外機の上に斜めに板を取り付け、子供が登れないようにする」といった対策が有効です。
また、
手すりの桟が横型で、足がかけられる
足がかりになりうるデザイン
という場合はどうすればよいでしょうか。ひとつの提案として、「手すりの内側に透明なアクリル板を設置して、子供が足をかけられないようにする」という方法が考えられます。
その設置が難しい場合や、
腰壁があり、水平部分に子どもが登れそう
という場合は、やはり子供がベランダに出られないよう、補助錠を設置することが有効です。
わたしのSafe Kids ストーリー~「子どもの傷害予防」に取り組む人をご紹介します~
第4回 滝沢 卓さん(朝日新聞社 記者)
今回ご登場いただいたのは、朝日新聞経済部記者の滝沢 卓さんです。滝沢さんは同社文化くらし報道部在籍中、精力的に「子どもの傷害予防」に関する取材をされ、その結果を記事にされました。
Safe Kids Japan(以下、SKJ):滝沢さんが書かれた記事によって、「子どもの傷害予防活動」に注目が集まりました。強い意欲と高い関心を持って取材をしていただいたという印象を持っています。そもそも「子どもの傷害予防」について取材をされるようになったのは何がきっかけだったのでしょうか?
滝沢:2016年から約2年半、子供の傷害予防について取材を続けました。きっかけは16年春、社内で準備が進んでいた連載「小さないのち」(※)の取材班に加わったことでした。「家庭内外の事故をどう予防するか」をテーマにしたシリーズを他の記者たちと一緒に担当しました。2010年に入社して以来、小さな子供たちが関わった事故について、発生した時に取材することはありましたが、予防の考え方についてじっくり時間をかけて伝えることは、あまりありませんでした。
※連載「小さないのち」
2016年8月から18年2月まで、朝日新聞紙面と「朝日新聞デジタル」で展開した長期連載。家庭内外の事故や、児童虐待、交通事故、自死、予期せぬ妊娠のほか、事故や虐待などによる子供の死亡事例を幅広く検証して再発防止につなげる制度「チャイルド・デス・レビュー」など、各シリーズでご家族の証言や専門家の助言、独自のデータ解析を交えて報じた。関連のシンポジウムも2回開催した。
特別報道部を中心に、文化くらし報道部、地方総局などから多数の記者が関わり、「子供の命を守るために、社会や私たち一人ひとりに何ができるのだろう?」という問いを発信し続けた。
SKJ:「子どもの傷害予防」はそれまでほとんど関わりのない世界だったということですが、取材を進める過程でどのようなことを感じましたか?
滝沢:一般的に、記者は珍しい出来事を探しがちです。もちろん、まれな事故もありますし、ご家族にとっては「まさか」の出来事かもしれませんが、(事故の)当事者のかたや統計などの取材を通じて感じたのは、同じような事故が同じような状況で繰り返されていることでした。ベランダや窓からの転落、川遊びでの溺れなど、日時や場所、事故にあった人は違っていても、事故の概要は似ている印象でした。
「小さないのち」のうち、私が関わったシリーズは2016年の秋に一段落しました。しかし、家庭内外の事故が同じように繰り返されてきたことや、社会全体で見たときに乳幼児を育てる保護者はどんどん入れ替わっていくことを考えると、予防の考え方や知識は継続的に報道していく必要があると考え、取材を続けていきました。
<主な記事>
・幼児が転落するかも 危険なベランダ4選 事故を防ぐ知恵とは?
・子どもから目を離さないで・・・「無理」0.5秒で事故防げる?
・超危険!おんぶ自転車、衝撃の実験結果 「無いと困る…」悩む保護者
・家族の死、美談で終わらせないで…川に飛び込み犠牲に、遺族の違和感
SKJ:滝沢さんはその後、消費者庁の担当になられました。取材を通じ、消費者庁はじめ、事故の当事者の方や学校現場、NPOなどさまざまな立場の方とお話をされたと思います。そんな滝沢さんから見て、日本における「子どもの傷害予防」の課題はどのようなものだと思われますか?
滝沢:すでに専門家のかたがたが指摘されていることですが、事故が起きたときに、「保護者の責任だ」という風潮が未だに根強いことです。ネット上のコメントではこうした意見が目立ち、一定の同意を集めています。
SKJ:海外の団体からも同様の指摘を受けました。Safe Kids Japanが加盟しているSafe Kids Worldwide の会議で各国の人たちとこの課題について話すと、どの国の人からも「なぜそういう反応を?」と聞かれます。
滝沢:ただでさえ、保護者のかたがたは事故が起きたことについて自らを責めてしまいます。そのうえ、こうした「責任論」が目立つと、保護者が事故のことを話しにくくなり、事故の情報が世の中で共有されなくなります。情報が共有されなければ、また同じような事故が起こってしまう悪循環につながります。
SKJ:確かにそのとおりですね。報道されるような大きな事故はある程度その情報が世の中で共有されますが、病院を受診するほどではない小さなケガや、ヒヤッとした体験は多くの場合共有されないという傾向があります。
滝沢:大事なことは、誰の責任かを探ることよりも、次の事故が起きないように具体的な予防策を考えることです。ただし、「子供から目を離さないようにする」対策では不十分です。多くの保護者を取材しましたが、四六時中子どもの側にいることは、料理や洗濯など家事をするうえでも限界があります。危険なものを子どもの手の届く範囲に置かないよう気を配る対策も大事ですが、常に事故予防に気をつかい続けることは保護者にとって心理的に負担です。
たとえ危険な目にあったとしても重症になりにくいようにリスクを減らす対策、例えばやけどの予防では、倒れてもお湯がこぼれなかったり、蒸気が出なかったりする仕組みの電気ケトルを選ぶことが重要です。また、保護者がそうした対策をとれるよう、子供にとって安全な製品を企業側が増やしていくことも求められると思います。
SKJ:さて、滝沢さんはこの春、中学生に傷害予防の授業をされました。実際に、「倒れてもお湯がこぼれない電気ケトル」や「曲がる歯ブラシ」などいろいろな予防グッズを教室に持ち込まれ、それらは中学生の興味を惹きつけていました。中学生に講義をされた時の印象や感想をお聞かせください。
滝沢:消費者庁が事故について注意を呼びかけるとき、安全に配慮された製品も合わせて紹介することがあります。しかし保護者に取材してみると、そうした製品の存在を知らない方もまだ多く、認知度が十分とはいえません。生徒さんの中には将来、子供をもつ人もいるかもしれません。親になったとき、そうした製品があることをはじめから知っておけば、有効な対策がとれます。
授業で複数の製品を紹介したところ、「保護者の見守りを最重要視してしまうのは、危険なことだと感じた」「子供を育てる立場になったときに、そういう製品をしっかり選びたい」といった感想が出ました。さらに授業の内容から発展して、「認証を得られている製品に補助金を出す仕組みをつくれば、企業も作りやすくなるのではないか」など、安全に配慮された製品の未来を生徒さんなりに考えてくれました。生徒の皆さんにとっては、身近な話ではなかったかもしれませんが、若い時から事故予防の考え方に触れていくことはとても有意義なことだと感じました。
SKJ:子供達にとって、10年後はどんな社会になっていてほしいですか?また、滝沢さんご自身の10年後の姿についてもお聞かせください。
滝沢:子供たちの安全や安心に貢献する製品などを表彰する「キッズデザイン賞」は2007年から始まり、徐々に認知度を高めています。表彰される製品が増えることはもちろんですが、その表彰が珍しいものではなく、社会にとっての常識になっていくことを願っています。子供の安全に配慮されたデザインがスタンダードになるよう、私も引き続き、世の中の動きを追っていきたいと思います。
SKJ:ありがとうございました。
Safe Kids Japanのホームページ「ベランダ1000プロジェクト」もあわせてご覧ください。
記事監修
事故による子どもの傷害を予防することを目的として活動しているNPO法人。Safe Kids Worldwideや国立成育医療研究センター、産業技術総合研究所などと連携して、子どもの傷害予防に関する様々な活動を行う。