「窒息」とはどんな状態?どうして起こるの?
1月31日に「節分の豆が窒息の原因に!」という記事を公開しましたが、そもそも「窒息」とはどのようなことなのでしょうか?それを教えていただくため、専門家の先生方をお訪ねしました。
今回お話を伺ったのは、武蔵野赤十字病院 特殊歯科・口腔外科の道脇 幸博さんと菊地 貴博さんです。
「窒息」の危険の警鐘を鳴らすために、嚥下の仕組みを「見える化」しました
お二人は、2017年、消費者安全調査委員会が行なった「玩具による乳幼児の気道閉塞事故」に関する調査において、コンピューターシミュレーションにより、口に入った玩具によってどのように気道が閉塞されるかといった窒息のメカニズムを明らかにされました。
SKJ:先生方は現在、どのようなお仕事をされているのでしょうか?
道脇:私の専門は「口腔外科と口腔リハビリテーション」です。口腔外科の領域は、口内炎や口の中のけが、あごの骨の骨折、口の中のがんなど、虫歯以外の「口の病気」です。お子さんでは、転んだり、ぶつかったりしてできる、口のけがが多いですね。
SKJ:歯ブラシや割りばしが刺さることもありますね。
道脇:そうですね。多くは軽傷ですが、深い傷の場合には、縫わなければならないこともあります。顎の骨が骨折している場合には、入院して手術が必要です。
SKJ:口腔リハビリテーションという言葉は初めて聞きました。
道脇:確かに聞き慣れない言葉かもしれません。口腔のリハビリテーションとは、「食べる機能の障害」を回復させることを言います。食べられない原因の一つは口の病気ですが、実は口以外の病気、例えば、脳や神経や筋肉などが原因で食べられないことも多くあります。お子さんでは脳性麻痺(まひ)、成人では脳卒中や神経難病が主な原因です。
「咀嚼」は食べ物をかみ砕くこと、「嚥下」は咀嚼したものを飲み込むこと
食べる機能は、
①物を食べ物であると認識する認知
②固形物を小さくかみ砕く咀嚼(そしゃく)
③咀嚼したものを飲み込む嚥下(えんげ)
の三つの段階に分けることができます。
SKJ:普段何も意識せずに食べていますが、実際にはこのようなことが行われているのですね。
道脇:はい。このうち、①の認知と②の咀嚼(そしゃく)は、周りの人が補助することができます。食べ物かどうかわからない人には、教えてあげたり、口に入れてあげたりすることができます。咀嚼(そしゃく)できない場合には、食べ物を、小さくしたり、軟らかく調理したりして、咀嚼(そしゃく)を補助することができます。離乳食を思い浮かべていただけば、おわかりになるのではないでしょうか。
SKJ:なるほど、そうですね。
道脇:咀嚼(そしゃく)の後は、食物を飲み込みます。飲み込むことを嚥下と言います。つまり、嚥下とは、食べ物を、口からのど、そして食道に運ぶことです。食道から胃に入った食べ物は、胃腸で消化・吸収されて栄養になります。つまり、咀嚼しても嚥下(えんげ)できないと栄養になりません。しかし、周囲の人は嚥下を補助できないのです。
SKJ:嚥下の補助はできない・・・?
道脇:はい。嚥下は、口の奥から咽喉(のど)の働きなので見えませんし、1秒くらいの間の出来事なのです。見えない上に速すぎる。そのため、自力で飲み込むしか方法がありません。
一方、もし、嚥下に失敗すると食べ物がのどに詰まったり、肺に入ったりして危険です。のどに詰まると窒息しますし、肺に入ると重症の肺炎である誤嚥(ごえん)性(せい)肺炎(はいえん)を起こします。どちらも命に関わる重大な事故です。
嚥下には、医学や歯学だけでなく、食物学や栄養学、機械工学や情報工学も関係しますので、医食工が連携した研究体制を組んで、共通の目標に向かって活動しています。
SKJ:菊地さんは工学的なお立場で道脇さんと一緒に活動されているのでしょうか?
菊地:はい。私の仕事は、嚥下(えんげ)や誤嚥(ごえん)、窒息のコンピュータシミュレーションを行ったり、そのシミュレータSwallow Vision®を開発することです。これらのシミュレーション結果の動画を啓発活動に役立てていただいたり、嚥下のメカニズムの検証・解明や、嚥下障害のある方でも安全に食べられる食品開発などを共同研究先とともに目指しています。
SKJ:窒息事故を受けて先生方が制作されたコンピューターシミュレーションは、今までわからなかった嚥下の仕組みが「見える化」された、画期的なものですね。
道脇:消費者庁消費者安全事故調査委員会が実施する「玩具による気道閉塞(窒息)」の事故調査にあたり、「嚥下シミュレーターを使用した気道閉塞シミュレーション及びコンピュータグラフィックスの制作業務」を委託され、(株)明治と共同で受託しました。
制作にあたって心がけたのは、科学的な精度を失うことなく、窒息を「見える化」することです。そのために、医学的にはできるだけ臨床の資料を集め、工学的には妥当性の確認された計算法を適用し、食物学的には玩具と混じっていた食物の物理特性を実測しました。
SKJ:開発にはご苦労もあったのではないでしょうか。
菊地:そうですね。このシミュレータは元々嚥下の研究を目的としていました。大きな玩具の誤飲を想定して開発していたため、窒息シミュレーション中には、喉の変形や玩具から受ける力が大きかったことが、技術上難しかったですね。
道脇:意外に思われるかもしれませんが、科学的精度が高いシミュレーションがわかりやすいかというと実はそういうわけではありません。そこで、シミュレーションの結果をコンピュータグラフィックスで表現することにしました。無味乾燥な計算結果を分かりやすく、きれいなビデオ映像にしたのです。しかし、窒息という深刻な問題を、恐れず、目を背けずに、一般の方に見ていただけるような映像にするのは、簡単なことではありません。製作会社の方と討論を重ねて、ナレーションや背景音にも心を砕いていただきました。
そのようにしてできたのが、消費者庁や政府インターネットビデオでも公開されている「窒息事故から子どもを守る」です。
SKJ:この動画を拝見して、窒息のメカニズムがよくわかりました。この動画を通じ、保護者の方にどのようなメッセージを伝えたいとお考えでしょうか?
何でも口に入れる6か月~4歳までは、要注意!大きさ4㎝未満のおもちゃは飲み込んでしまうことも!
道脇:ビデオに込めたメッセージは、玩具が持つ良いところと危険です。お子さんは、玩具で遊ぶのが大好きです。玩具はお子さんの楽しみであり、発達を促すための道具です。一方、皆さんよくご存じのとおり、お子さんは成長の過程で何でも口に入れる時期があります。離乳期の生後6か月から3〜4歳までが特に顕著です。身体のなかで最も敏感な口に入れて、多くのことを感じ学んでいます。自発的な学びは喜びです。
しかし、なんでも口に入れる時期は、咀嚼や嚥下機能の発達が十分でない時期でもあります。大きさが4㎝未満の玩具は、つるっとのどに落ちてしまうことがあります。すると飲み込むことも吐き出すこともできずに、窒息してしまうことがあります。
社会も市民も製造会社も、窒息リスクを知り、互いに協力して玩具の窒息事故を減らしたい、(このビデオが)そのことに役立ってほしいと思っています。同時に、万が一の場合の備えとして、窒息事故が起きたときの対応についても、触れています。事故を起こさない、起きても重大事故にしないで、と願っています。
SKJ:先生方の情熱には胸を打たれます。その情熱はやはりご経験から生まれているのでしょうか?
道脇:患者さんにとって、もっともつらいことのひとつが、食べられないことです。患者さんがお子さんの場合、食べられないわが子を前にしたご両親の悲しみは、はかりしれません。ましてや、目の前で遊んでいたわが子が、窒息し、その結果、亡くなったり、低酸素症で障害を残すようなことがあってはなりません。
病気や怪我に対する治療は、両刃(もろは)の剣(つるぎ)です。治療を受けることは患者さんにとって楽しいことではありません。病気や事故は、予防することが最も大切です。
特に、窒息事故は、知ることで予防できますし、万が一起こっても適切に対応することで、障害を残さず、元の生活に戻ることができます。
そんな経験と考えから、窒息事故の「見える化」と「メカニズムの解明」、そして「適切な予防法の提案」に取り組んでいます。
菊地:保護者の方はどなたもお子さんの安全に気を付けていると思いますが、それでも社会では事故が起こり続けています。それを予防するために、もっと社会的な手助けがどうにかできないものだろうかと思います。Swallow Visionがそこに出来るだけ貢献できるよう、開発に邁進(まいしん)しなければと思っています。
SKJ:特に乳幼児の窒息や誤嚥(ごえん)に関する課題はどのようなものでしょうか?
道脇:乳幼児は、「生きるための能力を育んでいる段階の人」と言えると思います。物事の是非も、危険を察知する能力も発達途上です。乳幼児は、大人が思いもよらないような行動をすることもあります。
大人には危険でなくても、乳幼児に対しては危険なものもあります。喜ばせようと思って与えた玩具で窒息する、欲しがるからあげたピーナッツを誤嚥(ごえん)する、玩具の中のボタン電池を誤飲(ごいん)する、予想もできません。しかし、窒息や誤嚥(ごえん)、誤飲(ごいん)は予防できます。予防するには、事故の事実を知り、他で起きたことは自分の身の回りでも起こると自覚することが、第一です。
次に、保護者だけでなく、市民、社会が皆で協力して、適切な対策を立てることが大切と思います。そのために、個人は事故予防の安全知識を習得することに努める、社会や行政は安全知識が気軽に手に入る環境を創る、そして不断に啓発活動が行われているような社会にしていくことが課題と思います。
窒息の危険性を実際に評価できる社会の仕組みをめざしたい
SKJ:それでは最後に10年後にはこんな社会になっていてほしい、10年後のご自身はこうありたい、といったあたりをお聞かせください。
道脇:10年後は、窒息や誤嚥(ごえん)、誤飲(ごいん)のメカニズムが解明され、適切な予防策が実施され、万が一事故が起きても軽症ですむような社会になっていて欲しいです。そのための安全知識が、専門家からか行政、市民、家庭まで広がり、新たな事故が起きたら、社会全体に知らされるような、安全に関する知識が社会のなかで循環する仕組みができている、そういう社会になっていればと思います。
そのような社会の一員として、また窒息や誤嚥、誤飲の専門家としての自分を希望しています。
菊地:10年後には、シミュレーションの精度をより高めて、定量的に窒息の可能性や程度を予測できるようにしたいと考えています。新しい玩具や菓子などの製品を開発する時に、窒息の危険性を実際に評価できるような社会にしたいですね。
SKJ:ありがとうございました。
記事監修
事故による子どもの傷害を予防することを目的として活動しているNPO法人。Safe Kids Worldwideや国立成育医療研究センター、産業技術総合研究所などと連携して、子どもの傷害予防に関する様々な活動を行う。