文部科学省のキーマンに聞く!21世紀に必要とされる人材の育て方【神野元基の「未来を生き抜く力の育み方」vol.5】

教育のあり方のアップデートを目指すエドテック(Education×Technology)業界において、ひときわ注目を集める企業があります。人工知能を使ったタブレット教材「キュビナ」の開発と次世代型学習塾「キュビナ・アカデミー」を運営するコンパス社(東京)です。本連載では同社の神野社長に「学校教育のあり方」と「未来を生き抜く力」について大いに語っていただきます。

 

今回は、10年ぶりとなる学習指導要領の改訂を主導された文部科学省合田哲雄氏との対談をお届けします。国が考える21世紀の人材とは。そして国が目指す教育のあり方とはなんでしょうか?

 

合田 哲雄

文部科学省初等中等教育局財務課長

岡山県出身。1992年旧文部省入省。福岡県教育庁高校教育課長、国立大学法人化担当、NSFフェロー、高等教育局企画官、研究振興局学術研究助成課長を経て2015年から現職。学習指導要領改訂担当(2008年、2018年)。著書に『受験のルールが大きく変わる!2020年教育改革が目指すもの』(コルク)、『学校を変えれば社会が変わる:信州からの教育再生』(東京書籍。共著)。

 

これから求められるのは、AIを使う側にまわる「イノベーション人材」

神野(以下、神):まずは国の考える21世紀型の人材と国が目指していきたい教育の在り方をお話していただければと思います。

 

合田(以下、合):まず教育の原点の話からしますと、イギリスが近代学校原理の一つのルーツですよね。農耕社会から工業社会になって、産業界が必要としたのは「他者から与えられたゴールに向けて自分でなすべきことを見定め、逆算して、予見可能性を高めて、リスクを最小化するという人材」でした。そのような社会要請から生まれたのが近代教育システムで、我が国においても非常に機能してきたわけです。

 

神:たしかに1989年の世界の時価総額ランキングを見ると上位5社は日本企業ですからね。そもそも企業がそういう人材を求めてきて、うまく機能した証でもあると。

1989年と2017年の時価総額ランキングの比較

 

合:与えられた目標を手際よくこなせる人材のほうが企業にとって好都合だったわけです。

 

神:イノベーション人材よりオペレーション人材ですね。

 

合:はい。目的を考えるとか、目的を組み替えるとか、目的の構造を分析するといった面倒くさいことをいう人材はいらないと。例えば私が役所に入った25年前に神野代表のようなお若い方がこういうかたちで社会的な価値を生み出すというのは想像できませんでしたから。

 

神:言われたことを手際よくこなすというのは、まさに受験制度に通じる話ですね。入試自体がオペレーション人材のいい見極めになる、みたいな。

 

合:はい。そこは多くの教育社会学者が指摘するように学校と企業のピラミッド構造はきわめて似たものだったと思います。

 

神:でも一方で、2018年のランキングはシリコンバレーの企業ばかりで日本企業の存在感は薄れています。自ら目的を考え、新しい価値を生み出すイノベーション人材をどう増やすか、AIに使われる側ではなくて、使う側にまわる人材をいかに育てられるか、というのが今の日本の教育改革論議の原点ですね。

 

▲株式会社COMPASS CEO神野元基(右)

 

合:そういうことですね。AIに限りませんが、われわれを支えてくれる便利な道具にちゃんと目的を与えられるかどうか。その目的のよさとか、正しさとか、美しさとかを自分なりに考えられるかどうか。

そういう力こそがSociety5.0における「人間としての強み」になるわけですから。

 

Society5.0……狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画においてわが国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱された。

サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより経済発展と社会的課題の解決を両立する「人間中心の社会」を指す。

 

子供の教育方針にジレンマを抱えている親が多い?

合:そういえば先日、NHKでソフトバンクの孫さんと国立情報学研究所の新井紀子さんが対談されていて、すごく象徴的だと感じました。

孫さんのご主張は、自らのアイデアで大人があっと驚く価値や文化を生み出す尖った人材がもっと必要だということ。他方で新井先生は、イノベーション人材は数%にすぎないわけだから、残りの97%はどうなるんだと。その人たちの富が奪い取られ、尊厳ある社会生活を送れないという社会は公正とはいえないというご主張でした。

 

これはどっちが悪いとかどっちが間違っているといった話ではなく、どっちも正しいのですね。どっちも正しいからこそ、いま小さなお子さんを持っている親御さんにとってみれば、ある意味、引き裂かれている状態だと思うのです。

 

神:わかっちゃいるけど受験も気になる、というジレンマですね。

 

合:ええ。目の前にいる我が子を数%のほうにしたいけれども本当に大丈夫なの? 97%のほうだと尊厳ある社会生活が送れないのか?といったことをお考えなのだと思います。

 

急務は「読解力」と「理数教育※」の底上げ。目指すのは、社会と連携※した学びのシステム

神:それに対して文部科学省としてはどのような立場なんですか?

 

合:文部科学省として絶対にやらないといけないことは、子どもたちの将来の生活をしっかりと確立すべく、子供たちの学びのベースの底上げをいかにはかるかですよね。

基礎学力の面で特にテコ入れが必要なのが読解力と理数教育※。これらはAI時代にあってはすべての子どもたちに必須の力ですので、新しい学習指導要領の実施や、2020年度から導入する「大学入学共通テスト」、来年度※から導入するから導入する「高校生のための学びの基礎診断」、ICTを活用した個別最適化された教育、文理分断からの脱却といったさまざま形で手当てをしようと思っています。

▲文部科学省 合田哲雄氏

 

神:山盛りですね。

 

合:それと同時に、やはり子どもの突出した力をいかに伸ばすかですね。

これについては、これまでの学校教育ではなかなか提供できなかったような機会を子どもたちに公平に提供していく、まったく新しい仕組みが必要です。

近代化のときは子どもたちの人生を切り開く鍵はすべて学校にあったわけですけれども、今はそうではなくなっています。運動、アート、プログラミング、理数、地域、社会貢献などあらゆる領域で、学校が企業や地域社会、NPOなどいろいろな主体と連携しながら学びの場をつくっていくというのが、いわゆる「社会に開かれた教育課程」という議論です。

 

神:しかも従来の学校の枠組みを飛び越える仕組みがあれば、子どもたちも自分で目的を考えたり、課題解決をしたりする機会が増えそうですね。

 

合:そうですね。もともと我が国の学校教育は自分の足で立って、自分の頭で考える子どもを育てようという潜在的な意志みたいのがあったと思います。しかし、先ほどの話のように、かつての経済界の要請として、学校は基本的に与えられた目的を効果的に実現できる力をはぐくむ、言わば「ホワイトカラー養成所」として機能することが求められ、学校教育もそれに合わせる形になっていました。

しかし、今後このボリュームゾーンがAIに使われるのか、使いこなすかで国の経済力はまったく変わってきますから、「ボリュームゾーンの教育の質を高める必要がある」と経済界も経産省も舵を切ったわけです。

 

神:当社が参加している「未来の教室」の実証実験がその皮切りですね。

 

合:一つの嚆矢ですね。そう言う意味で、ようやく文科省と経産省の目指す方向性が共有されたと申せましょう。だからこそ今、経産省とは積極的な連携やキャッチボールが必要だと思っており、例えば、「未来の教室」のプロジェクトを主導されている経産省の浅野大介課長とは頻繁に連絡を取っています。その彼が、「この取り組みを離島や僻地でもやりたい」とおっしゃっていて、これは本当にありがたいことだと思っています。

というのも、結局、私が学んだような倉敷の普通の公立学校においてもそういった最先端の教育機会が受けられるようにすることが、孫さんと新井先生の主張を両立させる重要な要素ではないかと思っているからです。

 

10年ぶりの改訂・新学習指導要領はどこがキモなのか?

神:合田さんは今回10年ぶりに改訂される学習指導要領改訂のキーマンでいらっしゃいます。改訂に込めた思いを教えていただきたいのですが。

 

合:今回の学習指導要領を一言でいえば、我が国の学校教育が150年かけて育んできた構造を可視化したものです。特に、急増している若い先生たちのために。

 

神:いま学校現場では代替わり中ですからね。

 

合:はい。今までの学習指導要領は内容の項目しか書いていませんでした。だからしばしば「学習指導要領は行間を読め」と言われてきましたけれども、今回は項目ごとにその趣旨や教えることで子どものどのような能力を引き出すのかといった点にまで踏み込んで言語化しました。

たまたま中央教育審議会で学習指導要領の議論をしている最中にGoogleのアルファ碁が囲碁の世界チャンピオンを負かすということがあって、「学校教育に意味があるのか?」といった議論もありました。たとえば「自動翻訳機ができる時代に英語を学ぶ意味はあるのか」といった話です。

しかし、それは、国際的な有用性の高い英語が母語のアメリカの子どもたちに対して「なぜ外国語(ラテン語、フランス語、ドイツ語、日本語、中国語…)を学ぶのか?」と聞いているのと同じで、語学教育の本質は言葉の違いや文化の違い、あるいは概念の違いを乗り越えて思考することにほかならないと思います。

Society5.0では一つ一つの教科を学ぶ「意味」が非常に重要になっているので、教科の本質に踏み込んだ記述を学習指導要領にあえて書きました。

だからベテランの先生からしたら「言われなくてもわかっているよ」ということになるのですが。

 

神:一部の先生からしたら「つらい」と(笑)。でも、あの学習指導要領の書きっぷりはさすがです。

 

合:あと、これは先生方によく申し上げるのですが、今回の学習指導要領改訂の根底にある発想は、「出藍の誉れ」です。弟子が師匠を超えていく時代だと。実際。いま時代の歯車を回しているのは、大企業でも官僚でもなく、神野代表のように新しい価値を生み出す方ですから、教育のあり方も「お前らに教えてやる」というスタンスから、「とりあえず伝えられることはすべて伝えました。あとはみなさんの力でわれわれ大人を超えていってください」というスタンスに変わっていかなくてはいけないと思っています。

 

「社会に開かれた教育課程」を「教育現場」でどう具現化していくか

神:最後に、いま私たちでは東京の千代田区立麹町中学(工藤勇一校長)でAI教材を用いた数学の授業と最先端テクノロジーを用いたSTEAM教育の授業を行っているわけですが、文科省として麹町中のような取り組みは広がったほうがいいとお考えですか?

▲AI型タブレット教材Qubena(キュビナ)を使用した数学の授業。進度は通常の授業の2倍。

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合:私自身は、教育行政は「内発的動機を誘発するための外発的な刺激」だと思っておりまして、もし文科省が主導して「麹町中スタイル」といったものを全国の学校に広げようとすると、形だけを真似した学校が3万校生まれるだけで、教育改革の実はあがらないと思います。工藤校長の素晴らしいところは自らの問題意識で、ご自身で判断されていることだと思います。

▲数学を使ってロボットを動かすSTEAM教育の授業。生徒は数学の社会的意義を学ぶ。

 

神:逆にいうと日本の学校は工藤校長のような人がいれば、あれだけのことができるということですよね。

 

合:その通りです。全国の校長先生がやらなきゃいけないと思っていることの多くは、法令や文科省のルールによるものではない。だから私としては「麹町中のやり方」が広まればいいということよりも、工藤校長のような御自分で判断できる管理職が増えてほしいと痛切に思っています。

 

神:そもそも「自分で目的をみつけて自分で道を切り開く人材をどうやって育てるか」という議論をしているわけですからね(笑)。

 

合:そうですよね。だからもし工藤校長が別の地域の校長先生になったら、きっと別の問題を見つけて、神野代表の会社とはまた違う別の主体と組む可能性もあるわけですよね。そしてそれができるのが「社会に開かれた教育課程」の本質だと思いますし、これからの教育のあり方だと思います。

 

神:今回はありがとうございました。

神野元基

株式会社COMPASS 代表取締役CEO

幼少期を北海道網走市で過ごし、2005年に慶應義塾大学総合政策学部に入学。在学中より起業家として活動。

2010年にアメリカのシリコンバレーでIT企業を起業した際に、現地での人工知能技術の盛り上がりと、2045年に訪れるとされている「シンギュラリティ(技術的特異点)」という概念に出会い、教育の道に進む。

 

テクノロジーの進歩により今後大きく変化する未来に向けて、子どもたちに「未来を生き抜く力」を身につけて欲しいと、2012年東京の八王子に学習塾COMPASSを開校。

しかし教育の現場で、多くの子どもたちは忙しすぎるという課題に直面し、2014年より人工知能型教材「Qubena」の開発をはじめ、現在1万7千人が利用する。人工知能型教材の開発の他、本来の目的であった「未来を生き抜く力」を育てるための「未来教育」も提供している。

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