デジタル教育で、数学の時間が半分に!
小宮山さんは、スタディサプリ教育AI研究所所長として、新しい時代の「教育」や「学び」を研究されています。人気オンライン学習サービス「スタディサプリ」は、学校での導入も増えているそうですね。これからの学習はどう変わっていくのでしょうか?
小宮山 まず、スタディサプリの現状をお伝えすると、コロナが始まってから特に高校を中心とした学校導入が増えました。2022年4月時点で、高校が1947校。小学校、中学校も自治体単位で導入されています。兵庫県の尼崎市、岐阜県の岐阜市は小学校・中学校も自治体単位で利用していただいています。
松丸 すごい数ですね。
小宮山 認知能力の部分はスタディサプリを使って効率よく勉強していただいて、非認知能力の部分を学校の先生がもっとケアしていく感じですね。最近は、塾での導入も増えているんです。教えることよりコーチングの方に専念したいって塾がシフトし始めて。
松丸 テクノロジーを使えば、ひとりひとりの理解度に合った個別学習ができますよね。効率的にやって勉強に使う時間を極限まで減らせれば、残った時間で自分の好きなことをやれる。その方が絶対に良いと思います。
小宮山 積み上げ型の教科である算数(数学)・英語は、これまでの一斉授業では、一度つまずいてしまうと先に行けなかったんです。でも、個別学習なら授業時間数を短縮できると言われているんですよ。実際に、東京都千代田区立の麹町中学校では、オンライン学習サービスの導入で数学の授業時間が半分になって、その代わりに英語の授業を増やしたり、探究学習を入れたりしていたそうです。
松丸 学校で学ぶような短期学習ってぜんぶ天井があるじゃないですか。例えば学校のテストだったら満点になった時点で終わり、教科書をすべて習得したら終わりですよね。でも、長期学習に通じるような、音楽を作ったり、絵を描いたり、ナゾトキを作るような学びには天井がないでしょう。決まったゴールがある短期学習は、時間が短ければ短いほどよくて、その分で長期学習に力を入れたほうが、社会に出た時にプラスになると思います。
テストが高得点でも「好き」が無いと大学に落ちる時代に
小宮山 アメリカには、大学入学共通テストに似たSATという1600点満点の試験があるんですけど、最近は1540点取っても自分が行きたい大学の学部に入れないという人が続出しているという話を聞きます。
松丸 え、そうなんですか!?
小宮山 1540点なんて、ほぼ満点じゃないですか。それでも不合格になってしまうのは、エッセイが書けていないからなんです。枠内のテストはできるんだけど枠外のテストはできない。大学に入って何をしたいか、社会にどうやって貢献していきたいか、何に興味があるのか、学んだことをどう表現をしていくのか、それがエッセイに示されていないという理由で、合格できないんです。
松丸 センター試験で満点とっても足切りで落とされるみたいなことですよね? そんなことがアメリカで起きているんですね……。
小宮山 アメリカの動きは10年遅れて日本に来ると言われてるので、今後、日本もそうなっていく可能性が高いと思います。そのとき、小学生のころからずっと探究学習をやっていて、自分が何が好きかがわかっていて、それを一気通貫で研究できていたら、その人が書くエッセイに勝てるものは誰にも書けないですよ。だから、自分の子どもが好きなこと、得意なことをある程度見定めてあげて、それを伸ばしてあげるような機会を増やす方が、結果的に大学入試にもつながるかもしれないんです。
松丸 日本の大学受験でもアメリカみたいに個性が評価されるようになったらいいですね。東大に入った人の大半は東大に入ることが目標で、なにをやりたいか決まっていません。入学してから2年間は学部がなくて、教養学部で自分のやりたいことを探すんですけど、たいてい見つけられずに自分の成績に合わせて行き先を選んじゃう。でも、入試のシステムや教育が変わっていくと、10年後の東大はおもしろくなりそう。
小宮山 おもしろいし、生きやすいと思うんですよ。自分の好きなものを追求し続けるって最高じゃないですか。そのためにも、好奇心をどう燃やし続けられるかっていうのは超重要です。
どれだけおもしろいか、魅力的かが問われる未来
小宮山 これからは学校の役割も変わってくると思います。スタディサプリみたいなデジタル学習が入ってくると、個別にその子の習熟度に合わせた学習ができるようになる。つまずいた子は前の学年に戻ってやれるし、優秀な子は上の学年のをちょっと覗きに行ってもいい。しかも時間も場所も関係なく、やろうと思ったらすぐアプリでできちゃいますからね。だから「不登校」って言葉も無くなるんじゃないかと私は思っているんです。
松丸 従来の集団授業は、やめた方がいいと僕も思っています。クラスの40人全員に伝わる授業ってほぼ不可能じゃないですか。誰かが絶対どこかでつまずくし、一度つまずいたらその子が自分で復習しない限り追い付けないですからね。だから、認知能力の部分はテクノロジーを導入して個別学習にするべきだと思います。
小宮山 そうなっても「先生」はずっとい続けると思うんです。ただし役割は変わります。今までは教えることが9割、コーチングが1割だったところが、だんだん逆転していくんじゃないでしょうか。教科学習はデジタルを使って個別にやってもらって、非認知能力を養ったり、助言をするメンターとかコーチングの部分を先生にやってもらうような役割分担になる気がします。だから、先生はより人間的におもしろい人、魅力がある人が求められるようになりますね。
松丸 僕の学生時代を振り返ると、教えるのがうまい先生のことはそんなに好きじゃなかったんですよ。それより、ちゃんと話を聞いてくれるとか悩みを相談しやすい先生が、僕にとっての恩師になっています。成績だけ上げるんだったら、これからはそれこそスタディサプリやYouTubeでいいですからね。
小宮山 これからの時代、その人がどれだけおもしろいか、魅力的かというのがますます重要になっていきます。子どもをそういう大人に育てるためには、とにかくいろいろな種を蒔くこと。そのうえで親が子どもの興味関心を自分の価値観で判断しないで、好きを伸ばしてあげること。それが重要です。
松丸 本当にそうですね。役に立つ、立たないの判定は必要なくて、それが好きなんだったらそれをもっとおもしろくするために何ができるかを考えてみる。その方向に導いてやれば、子どもは勝手にいろいろなことを吸収していくんだと思います。
記事監修
記事監修
東京大学に入学後、謎解きサークルの代表として団体を急成長させ、イベント・放送・ゲーム・書籍・教育など、様々な分野で一大ブームを巻き起こしている”謎解き”の仕掛け人。現在は東大発の謎解きクリエイター集団RIDDLER(株)を立ち上げ、仲間とともに様々なメディアに謎解きを仕掛けている。監修書籍に、『東大ナゾトレ』シリーズ(扶桑社)、『東大松丸式ナゾトキスクール』『東大松丸式 名探偵コナンナゾトキ探偵団』(小学館)『頭をつかう新習慣! ナゾときタイム』(NHK出版)、など多数の謎解き本を手がける。
前編・中編はこちら
取材・文/川内イオ 写真/五十嵐美弥(本誌) ヘアメイク(松丸)/大室愛 スタイリング(松丸)/飯村友梨
▼第1回 高濱正伸先生(花まる学習会)との対談はこちら
▼第2回 宝槻泰伸先生(探究学舎)との対談はこちら
▼第3回 藤本徹先生(東大 ゲーミフィケーション研究者)との対談はこちら
▼第4回 石戸奈々子さん(NPO法人CANVAS理事長)との対談はこちら
▼第5回 齋藤孝先生(明治大学教授 教育学・コミュニケーション論)との対談はこちら
▼第6回 中島さち子さん(ジャズピアニスト、数学研究者、メディアアーティスト)との対談はこちら
▼第7回 工藤勇一先生(横浜創英中学高等学校校長)との対談はこちら
▼第8回 中室牧子先生(慶應義塾大学教授、教育経済学者)との対談はこちら