お人形がいることで、子どもの心境や行動にどんな変化があったのでしょうか? 「人形遊びと子どもの発達」について研究をしている、大豆生田啓友先生にお話をうかがいました。
<大豆生田啓友 (おおまめうだ ひろとも)先生>
玉川大学教育学部教授。
青山学院大学大学院を修了後、青山学院幼稚園教諭等を経て、現職。 専門は乳幼児教育学、保育学、子育て支援。
『非認知能力を育てる あそびのレシピ 0歳~5歳児のあと伸びする力を高める』(講談社・こころライブラリー)など著書多数。
目次
モニターさんが、ぽぽちゃんを選びました!
ぽぽちゃん人形は手作り。だから実は1体ずつ表情が違うのです。
4体のぽぽちゃんを用意して、2組のモニターさん、ハルくん、カホちゃんに「お家にお迎えしたい1体」を選んでもらいました。
ぽぽちゃんと過ごす10日間レポート ハルくん(3歳)の場合
ヒーローが大好きなハルくんは活発な男の子。お人形を見かけると「いいな〜」と興味深そうに見つめることもありました。
ママは「お世話人形って子どもの発達に良さそう」と思ってはいたものの、「女の子向けかも?」と買うのをためらっていたそうです。
今回ぽぽちゃんをお家に迎えることになり、「かわいいね」「やさしそうなお顔だねー」などと、お気に入りのぽぽちゃんを選びました。以下、ママによるレポートです。
1日目 3兄弟から大歓迎!
初めてのぽぽちゃんにニコニコ、大喜び!「はやく開けよう〜」と興奮気味でした。
わが家は3人男の子の兄弟なので、普段見慣れない赤ちゃん人形に興味津々。次男のハルは柔らかいぽぽちゃんを「かわいい〜」と、ぎゅーっと抱きしめていました。
7歳の長男は「本当はお人形大好きなんだ、恥ずかしいから言えないけど」と慣れた手つきで抱っこしたりミルクをあげたり。驚いたのはまだ自分も赤ちゃんの1歳の三男がやさしく、よしよししていたことです。
2日目 夜泣きで目覚めたと思ったら……
ぽぽちゃんと一緒に寝た息子。
夜中に泣きながら目を覚ましたのですが、片手にぽぽちゃんを連れていてびっくり。本人は寝ぼけていたので自覚はなさそうですが、愛着が芽生えているのかな?と感じました。
3日目 保育園にいっしょに行きたい!
「ごはんあげる〜」と自らミルクをあげ、ゲップの方法を教えるとしっかり真似も。
「保育園にいっしょに行く」と言いましたが、「帰ってくるのを待ってるよ」となんとかなだめ、登園しました。
帰宅後、オムツ替えと着替えに挑戦。普段あまり着せ替え遊びもしていないので苦戦していましたが、無事成功しました。いつもはやんちゃですが、お着替えでは小さな手をやさしく動かしているのに感動! 息子の新しい一面を見つけた気がします。
手伝おうとしても「じぶんでやる!」と言って、手を出させてくれませんでした。
4日目 名前が決定!
お人形をときどき気にかけているようで、他の遊びに夢中になっているときに「赤ちゃん大丈夫かな?」と声をかけると、ハッとした顔で抱っこをしに駆け寄ります。
「ぼくはパパ? おじいちゃん?」と聞くので、「ハルは赤ちゃんのパパだよ」というと誇らしげな顔に。4日目にして「はなちゃん」という名前が決まりました。
5日目 いいところを見せられた!?
トイトレも済んで、自分でトイレに行けるはずの息子ですが、まだ甘えたい盛り。「できない〜」と駄々をこねるので……お人形に協力してもらいました。
「はなちゃんのパパだから、トイレできるところ見せてあげよう!」と言うと急にやる気が出て、自分で最後までできました。終わると「見てた〜?」とはなちゃんを抱っこしていました。
6日目 大好きな遊びをしてあげる
お風呂に「はなちゃんもいっしょに入りたいー」と言いましたが、「一緒には入れないから待っててもらおう」と諭すと「わかった」と言って、タオルケットでお人形をぐるぐる巻きに(笑)。
パパにお布団でぐるぐる巻きにしてもらう遊びがあり、息子たちはいつも大喜び。はなちゃんにも同じことをしていたのです。
7日目 初めてのおむつ替え
私が三男のおむつを替えていると、真似したいのか隣で「はなちゃん、うんちしたー」と言い始めました。
「ハルもやってごらん」とおむつ替えシートとおしり拭きを渡すとうれしそう。最後まで自分でやりとげ、その横顔がとても真剣でした。後片付けもばっちり!
ついでに、なぜか人形の鼻を拭き拭き……。これも普段自分がしてもらっていることなので大人の行動をよく見ているなあと感心しました。
8日目 おんぶでお出かけ
お人形をおんぶすることにハマり、お散歩に出かけるとき「はなちゃんも連れていく」と言い出しました。
お人形が後ろに倒れていますが、本人はとても誇らしげです。帰ってくると「あー重かった、疲れた」とのこと。
9日目 昔話で寝かしつけ
お人形を寝かせながら息子が「むかしむかし、あるところにー」とお話を聞かせていました。最後は「おしまい」とお話を完結!
寝かしつけのとき、私が息子たちが登場する創作話を聞かせると大喜びするんです。自分が楽しかったことの再現をぽぽちゃんを通して無意識に行っていて「これがお世話人形の力なのかも」と感じました。
10日目 いっしょにビデオ鑑賞
今日は体調不良で保育園をお休み。仕事中ふと息子を見ると、ぽぽちゃんを抱きかかえながらビデオを楽しんでいました。
ただの抱っこというよりも、ぽぽちゃんにビデオを見せてあげるような愛情ある抱え方で、微笑ましい光景でした。
モニターを終えて 自己肯定感がちょっぴり高まりました
10日間の前半はたまに気にかける程度でしたが、後半になると自然とぽぽちゃんを抱っこしたりお世話をしたり、いっしょに過ごす時間も増えました。
その様子から「抱っこすることで安心する」効果があるのかなと感じます。相手にやさしくすることで自分自身も落ち着くのか、ぽぽちゃんと過ごすことで息子の自己肯定感がちょっぴり高まったのかも?と思いました。
2歳年下の弟とは仲が良いときもあるけれどライバル同士でもあり、ときどきケンカがありました。しかしこの10日間で保育園の別クラスにいる弟の様子を気にかけたり、弟に対するお兄ちゃんらしい気遣いが増えてきたりしました。(ハルくんのママ)
大豆生田先生のコメント 他者を大事にする気持ちで自分も幸せに
普段はヒーローなどの強いキャラクターが好きな子でも、「お父さんやお母さんのように人のお世話をしたい」というやさしい気持ちを持っているものです。
お世話をしたいという気持ちは、良い扱いをされてきた子はみんなそうしたくなるもの。昔なら身近に赤ちゃんが多かったでしょうが、今はそういう環境でもないので、なおさら人形の果たす役割は大きいかと思います。
本物の赤ちゃんのようなお人形と関わることで、子どもは自身の持つ思わぬ良さなど、いろいろな面を発揮できます。
お人形は女の子だけのものではありません。実際に保育の現場では、遊びを男女で分けるようなことはしていませんし、社会全体もそのようになってきています。「男の子だからお人形遊びはしない」という考えは、大人のつくった枠組みでしかないと思います。
ハルくんが「かわいいから、大事だから自分でお世話したい」「保育園に連れて行きたい」という気持ちになったのは、お人形に愛着を持ったからでしょう。本当は保育園にもいっしょに連れて行ったらよかったかもしれませんね。
このような「大事にしたい」「自分でやりたい」という気持ちが、「うまくお世話できた」という実感、成功体験につながり、さらに自信を持ち自己肯定感を育むことにつながる可能性があります。
「大好きになる」という経験があるぶん、成功したことに対する喜びも大きいわけです。
お人形が身近にあることで、お世話したい気持ちが芽生える
トイレに関するエピソードでは、ハルくんがパパになりきって、自分よりも小さな存在に対して、かっこいいモデルを見せてあげたかったのでしょう。「自分からやってみよう」という気持ちが自然と生まれたのが大事なことだと思います。
子どにとってお人形は、小さな赤ちゃんのようなもの。お世話したくなるような人形が身近にあることが、お世話をしたいという気持ちを助長するのだと思います。
お人形は子どもの自立のためにあるわけではないけれど、お人形に愛着を持ち「すてきなパパやママでありたい」という思いでお世話をすることが、トイレを自分でがんばったり、絵本を読んであげたり、結果的に子どもの自立心へとつながっていくのでしょう。
お人形を大事にする気持ちは、子どもの幸せにもつながる
看護などの領域で使われている「ケアリング」という概念がありますが、最近では教育学や保育学の領域でも用いられています。
その中で、他者にケアすることは、自分がケアされることでもあるという解釈があるのです。
お人形をお世話することを通して、自分の心がケアされているとも言えるかもしれません。
赤ちゃんやお人形に愛着がわき、かわいいと思うと「大事にしよう」と考えるので、抱っこの仕方が自然と丁寧になっていきます。
赤ちゃんやお人形にとって良いことのようですが、結果的にそうしている自分が幸せを感じていく。お人形によってケアされているのが自分自身なのです。他者を大事にする経験はひいては、その子の幸せにつながるのだと思います。
ぽぽちゃんと過ごす10日間レポート カホちゃん(3歳)の場合
もともとお兄ちゃんとカホちゃんで1体ずつお人形を持っていて、おままごとはよくしていました。遊びをリードするのはどちらかというとお兄ちゃんで、カホちゃんはいっしょに遊ぶという感じ。
そこに、ぽぽちゃんがやってくることになりました。事前に編集部からお送りした4体のぽぽちゃんの写真をママとじ〜っと見て、「このぽぽちゃんがいい!」と決定。元気で明るい感じが決め手でした。以下、ママによるレポートです。
大豆生田先生のコメント 共感力や思いやりを育む助けに
お兄ちゃんがお人形の面倒を見るモデルを見せてあげていて、カホちゃんにとってもすごく良い刺激になり、「私にもお世話できる」という思いにつながったのかしれませんね。
3日目に、お人形を寝かせる場所をお兄ちゃんと相談していたのはとても大事なことだと思います。
私は常々、子どもがまるで本当の赤ちゃんに接するように大切にするお人形なのだから、箱にバサッとしまうのではなく、寝かせる場所を工夫するなど、大人もいっしょにお人形を大切に扱う姿勢を見せることが重要だと言ってきました。
お人形に愛着を持っているからこそ、まるで本物の赤ちゃんを扱うように、丁寧に寝かせてあげようという気持ちが芽生えたのでしょうね。
お人形の気持ちに寄り添うことが、共感力を育む
6日目・8日目にお散歩に連れ出したり、歯みがきを忘れてハッとしたりしたのは、お人形と過ごすうちに愛着の深さやお世話をすることが自分のアイデンティティーの一部になっていったのだと思います。
お人形を中心にいろんな遊びが広がるということは、例えば犬や猫を家に迎えた場合もペットを中心に生活が豊かになっていきますが、その状況と似ているかもしれません。
本物の赤ちゃんでもお人形でも、大好きになって「お世話したい」「お世話をして喜んでもらいたい」と思うとき、赤ちゃんやお人形の気持ちを理解して寄り添わないと、うまく関わることができません。
それが子どもの共感力だったり、思いやりを育む一助になっていると言えるでしょう。そこにお人形が介在することの意味があるのだと思います。
男の子にも女の子にも、お人形遊びを!
読者モニターのレポートと大豆生田先生のコメントから、お人形遊びは男女の差なく楽しめる遊びで、子どもたちの「やさしくしたい」「大事にお世話したい」という気持ちを引き出し、成長に導いてくれることがわかりました。
その名の通り、人形(ひとがた)であるからこそ、本物の赤ちゃんのように慎重にかかわり、愛着を育み、人形だからこそ存分に納得するまでお世話遊びができるわけです。
1体のお人形が子どもの世界を広げ、ともに過ごす体験が、自己肯定感や自立心、思いやり、共感力など、さまざまな力の種になってくれる。お人形遊びが子どもにもたらす影響は、計り知れないものだといえそうですね。
撮影/五十嵐美弥 文・構成/村重真紀