<大豆生田啓友 (おおまめうだ ひろとも)先生>
玉川大学教育学部教授。
青山学院大学大学院を修了後、青山学院幼稚園教諭等を経て、現職。 専門は乳幼児教育学、保育学、子育て支援。
『非認知能力を育てる あそびのレシピ 0歳~5歳児のあと伸びする力を高める』(講談社・こころライブラリー)など著書多数。
大豆生田先生はお世話人形・ぽぽちゃんを用いた「人形遊び」の研究を保育の場で行ってきました。
研究結果から男女を問わず、お人形遊びが子どもの自己肯定感、共感力などを育む可能性があることについて見えてきつつあります。
この可能性は大変注目度が高く、読者の皆さんからは多数のコメントも寄せられました。
なかでも多かったのは、
「人形遊びが子どもにとって大切だとわかった」「自己肯定感を持ってほしいが、お人形が力になるなら取り入れたい」「男の子だけど人形遊びをしてもいいの?」などの意見や疑問。
今回、大豆生田先生に改めて「人形遊びの大切さ」についてお聞きしました。アンケートからわかったHugKum読者のお人形事情とともにお届けします。
目次
HugKum読者の半数が「お人形」を持っている
アンケートで「お世話人形を持っていますか?」と417人に聞いたところ、約半数の45%の方が「持っている」と答えました。
「持っている」と答えた方は、「ごっこ遊びのときは、ぬいぐるみよりもお人形と遊んでいる」「ママが20年前に使っていたぽぽちゃんを、息子と娘がかわいがっている」「お人形で遊び始めてから話しかけながら接するなど、お世話の仕方がレベルアップした」などとコメント。
「持っていない」と答えた方からは、「お人形を使ったことがないが、HugKumの記事を見て子どもの成長にかかわる遊びだと思った」「男の子だけど必要なものだと知ることができた」「おもちゃの選択肢に人形を入れてこなかったけれど、今後は候補に入れたい」などの意見がありました。
お人形選びで重視するポイントは「子どもが欲しがるか」「さわり心地、素材感」
また「お人形の購入を検討するとき、事前に確認したいポイント」は、いちばん多かったのは「子ども自身が欲しがるか」、2番目に多かったのは「さわり心地、素材感」、3番目は「サイズ感」でした。
予算などよりも、人形そのものの特徴が重視されていて、
「肌ざわりの柔らかさなどで本物の赤ちゃんを再現している人形がいい」「子どもに合ったサイズの人形は抱っこやおんぶをしやすく、親近感がわきやすい」「柔らかくて、子どもにとって持ちやすい大きさがいい」などの意見が目立ちました。
子どもが抱っこしたりお世話をしたり、毎日触れて遊ぶものだけに、その点が大事に考えられているのだと思われます。
HugKumアンケート(2021年8月実施)より
大豆生田先生に聞く、家庭のお人形遊びQ&A
HugKum読者から寄せられたエピソードや疑問をピックアップし、大豆生田先生にお話をお聞きしました。
Q. 男の子でもお人形で遊んでいいのですか?
小さな子どもたちは、個人差はありますが本来、男の子、女の子を問わず、お人形が好きです。
身近に「小さな赤ちゃん」がいると考えてみればいいことです。赤ちゃんのお世話をしてかわいがることは、男の子も女の子も関係ないことで、お人形遊び自体に性別の差は本来ないはずです。
一人ひとりそれぞれが違うのだから違いを大事にしようという流れに、世の中も少しずつ変わり始めています。子どもの世界でも同じことが言えるでしょう。
大人がジェンダーの枠組みを持たずにお人形と出会える機会を作ってあげたほうが子どもたちの経験はより豊かになるだろうと思います。
Q. 親が人形を介してアテレコ、つまりお人形の気持ちを代弁することは、子どもとのコミュニケーションに役立ちますか?
子どもたちはお人形を相手にすると、まるでお人形の声を聞き取るかのように自然とおしゃべりをするものです。
人形をまるで生きている人のようにみなして話しかけたり、お人形に成り代わってしゃべりながら、共感を得ようとしているのです。
もし、その声を親が出しているのだとすると親子のコミニケーションになってしまいますから、子どもに任せて、親はあまり積極的に関わらなくてもいいのではないでしょうか。
Q. 本物の赤ちゃんに近いお人形のほうが、子どもにとって良いのでしょうか?
お世話人形「ぽぽちゃん」を使った保育園での研究では、多くの子たちが最初にお人形と出会ったとき、離れて見つめたり、すぐにさわろうとしなかったり、ある種の恐れや戸惑いのようなものを感じていました。
これは人形を本物の赤ちゃんのように捉えているということでもあり、興味深い点でした。本物の赤ちゃんをお世話するような感覚で、お人形とコミュニケーションを取ろうとしていたのだと思います。
もちろん抽象化されたぬいぐるみでもコミュニケーションは取れますが、サイズ感や重さ、見た目やさわり心地などに、本物の赤ちゃんに近いリアリティーがある人形だからこそ、恐れを感じたり、慎重に関わろうと距離感をはかることが生じるのでしょう。
お人形を、まるで本物の赤ちゃんで心の動きがあるもののように捉え、他者のために動こうとし、そしてお人形の気持ちを汲み取ろうとすることが、子どもの共感力を育むのではないかと思います。
Q. コロナ禍で他の子と遊ぶ機会が減り兄弟もいなくて、ごっこ遊びができず心配です。お人形遊びは役に立ちますか?
小さな子どもにとって現実の世界だけでなく、何かになりきったり想像したりするということは心の働きにも大事な経験だと思っています。
でも近年は、子ども自身に生活体験のモデルが少なかったり、触れる機会が少なかったりします。イマジネーションを持つ機会や、保育園などでする家族ごっこみたいなものが減っているとも言われています。
そんなとき、お人形が身近にあることで想像が生まれたり、何かになりきったりする経験ができるのは大事なことだと思います。
ただ誤解しないでいただきたいのは、他の子と関わる経験をせずにお人形さえあればいいというものではありません。
お人形と人間相手の遊びが違うのは、うまくいかないことやズレが起こってくることです。お人形だと自分のイメージの範囲内で関わりを持てますが、人間が相手だと、やり取りする中で折り合いをつけていくことが必要になります。
ごっこ遊びが生まれてくるきっかけの一つは、モデルの存在です。ママみたいに、パパみたいにやってみたいという豊かなモデルがあることと、もう一つはそれを形にする環境があることです。
子どもがパパやママ、お友達になりきるときに、見立てやすい人形があることで、ごっこ遊びが広がりやすくなると思います。
相手は生身の人間ではなく、本物のようで本物ではないお人形ですから、子どもの想像力が広がるままに、心ゆくまで繰り返し、お人形遊びの世界にひたることもできます。
Q. 子どもの自己肯定感を育むうえで人形が果たす役割は?
他者からしっかり受け止められたり、うまくいかないことを自分で乗り越えられたりする体験の中に生まれてくるのが自己肯定感だと思います。
以前行った保育園での研究では、お人形自身を自分に見立てて、自分で自分をケアするような子どもの声かけが見られました。
自分で自分を大事にすること、つまり肯定的に受け入れることで自己肯定感を育んでいるとも言えますが、その基盤は子ども自身が他者からしっかりと認められていることです。
その意味では、お人形が子どもの自己肯定感を高める可能性があると言えるでしょう。
例えば、つみきは遊び方が決まっていない、使い方も自由で、そこからいろんなものが生まれてくる可能性を持っている「可塑性※」があるおもちゃです。
※形を自由に変えられる性質のこと。
可塑性とはいろんなものに変わっていくことですが、多様性とも言い換えられます。私はお人形もそのような可塑性のあるおもちゃだと思うのです。
Q. 子どもが夢中で遊んでいるときの声かけは? 見守った方がいいのでしょうか。
そもそも子どもは自ら育つ力を持っている、というのが最近の乳幼児発達の研究で言われていることです。
子どもがひとりで遊んでいるときに大人から声かけするなど、働きかけがないと子どもは育たないのでは?と思いがちですが、子どもが夢中になっているときは「育っている」ときなのです。
お人形で夢中に遊んでいるときは、想像力や集中力、創造力、試行錯誤力が働いています。こういうときは自然のままにしておくのがいちばん。すごくいい状態ですので見守って、その子の世界を大事にしてあげてください。
「◯◯役をやって」というように、子どもが親を必要とすることもあります。そういうときは一緒に関わってあげてください
家庭に「お人形」があることで伸びる子どもの力
大豆生田先生のお話から、子どもとお人形の関わり方、そして大人の見守り方が大切だということに気づかされました。
遊び方が一通りではないお人形には、多様な遊びを通して子どものさまざまな力を伸ばす可能性があることもわかりました。
これまで「どんな人形を選べばいいかわからない」「子どもが興味を示すかわからない」「男の子だから」といった理由でお人形遊びをする機会がなかったご家庭もあるでしょう。
でも、子どもがまるで同じ人のように関わりたくなるような、愛着を持てるお人形がそばにあると、男女の差はなく、子どもの「お世話したい」という気持ちが喚起されることが今回のインタビューから見えてきました。この機会にお人形との出会いを作ってみてはいかがでしょうか。
次回記事では、読者モニターにお世話人形「ぽぽちゃん」と10日間過ごしてもらい、その様子をレポートします。引き続き、大豆生田先生にコメントをいただきます。ぜひご覧ください。
撮影/五十嵐美弥 文・構成/村重真紀