近頃話題の「多様性&包括性」にご用心【ロンドン子育て・浅見実花のちょっと立ち止まって Vol.9】

現在ロンドンで3人の子ども(9歳,9歳,6歳)を育てるライターの浅見実花さん。東京とロンドンの異なる育児環境で子育ての「なぜ?」にぶつかってきた彼女にとって、大切なことは日々のふとした瞬間にあるのだそうです。まずはちょっと立ち止まって、自分なりに考えること。心の声に耳を澄ましてあげること。そういう「ちょっと」をやめないこと。この連載では、そうしてすくい取られたロンドンでの気づきや発見、日本とはまた別の視点やアプローチについて、浅見さんがざっくばらんに&真心を込めて綴っていきます。

第9回は、多様性(ダイバーシティ)と包括性(インクルージョン)、その光と影がテーマです。

いろいろなクラスメートがいて当たり前

双子のクラスでは、30人の子どものうち、特別な教育支援を必要とする子どもたちが数人います。ひとくちに支援と言っても、ごくわずかな程度も含んでいるのでまちまちですが、たとえばそれぞれ別の課題をこなしたり、補助的にiPadなどのツールを活用したり、アシスタントの先生にそばに付いてもらったり。

そしてこのうちAちゃんとBちゃんの2人は、誤解を恐れずに言うと、二十年前なら特別支援学校ないし特別支援学級に入っていたかもしれない生徒です。
たとえばAちゃんは、突然の大きな音など強い刺激にパニックを起こすことがあり、ノイズが大きくなるとヘッドフォンを装着します。Bちゃんはどうしても座っていられないことがあり、その場合はアシスタントの先生がそばに付きます。

この二十年、英国の多様性・包括性にかかわる教育政策はかなり前へ進みました。いまでは、AちゃんやBちゃんのように特別な教育支援の必要な子どもも、医学的な専門家や地方行政の担当、学校との相談により、通常学級で仲間といっしょに活動することがむしろ促されています。

こうした多様で包括的な学級は、そこに「適切な支援」があれば、一部の子どもだけでなく、すべての子どもたちの学力や情緒面、社会的な振る舞いにポジティブな影響を与えることが、各国の研究から分かっています。つまりこれは平等や公正さのためだけでなく、子どもたちの総合的な発達に期待できるというわけです。
だからこそ「適切な支援」の仕組みや体制をどうやって整えるか、またそれをどのようにより良いものにするのかが焦点になってきます。

さまざまな子のありようを、いっしょに包み込んでいく

たしかに教室に入ってみると、AちゃんもBちゃんも普通にクラスに馴染んでいます。入学時から当たり前のようにそこにいるため、まわりの子どもも特段意識することがなく、いつもの面子という感じ。

だからたとえば、ときどきだれかが声をあげてしまうとか、ヘッドフォンを付けているとか、速くは走れないだとか、そういうことも日常の取るに足りない些細なひとコマ、いちいち反応することはないのだからと、子どもは子どもで分かっています。他人と違っていること、違いを生むということがポジティブに捉えられる教育社会の文脈で、自分と異なる他者の存在や、他者と異なる自分の存在を否定しない感覚はあるのでしょう。

案外、大人の言う「多様性/ダイバーシティ」や「包括性/インクルージョン」などややこしそうな概念も、子どもにとってはわりにストンと体感できるのかもしれません。平たく言えば、多様性とは「さまざまなありよう」で、包括性は「それをいっしょに包んでいこう」ということなので。

「だって、世の中にはいろんな人がいるんだし」

先日も、クラスの集合写真にBちゃんが写っていないことに気づいた私が、
「あれ、Bちゃんは?」
と思わず口にしました。Bちゃんはその音楽的感性や(すでにコンピュータで作曲したり)ユーモアのある表現力(演劇で笑いをとったり)に見どころがあり、その成長を勝手に楽しみにしているのです。
すると双子は口々に、
「ああ。カメラのフラッシュが強すぎたんだよ」
「だから走って逃げたの」
「そういうの、苦手だから」
と、どこか大人な反応です。
まあ、しかたないよね、写ってないけど。いろんな人がいるんだし。
「ていうか、それがどうしたの?」

 

ポテンシャルを開花させる

才能・能力開発のパイオニアであるケン・ロビンソン卿(『才能を見出すエレメントの法則』『Creative Schools』『Out of Our Minds』)や、イノベーションの第一人者クレイトン・クリステンセン教授(『教育×破壊的イノベーション』)をはじめ、教育改革にかかわる多くの研究者が口を酸っぱくして語るのは、どんな人にも得意な力は必ずあるということ、そしてその能力は旧来の学校システム、つまり国語と算数を中心に評価されるシステムのもとでは、とても測りきれないほど多岐にわたっているということです。
たとえばロビンソン卿は、世界的に成功を収めた経営者、作家、歌手、学者、ダンサーなどが学校のシステムに馴染めなかったり弾き出されたりしたエピソードを仔細に紹介しています。

もちろん、変わった子どもがみんな何かの大家になるとは限らないし、逆に一見ごく普通の子どもが何かの道を切り開く可能性はじゅうぶんにあり得ます。それでも多くの人びとが、型どおりであれ、型破りであれ、さまざまな価値観や志向の中で、自分の中の可能性を開きたいと願っている。できることなら、さまざまな可能性やありようが潰されない社会の中で。

 

ならば、多様性や包括性のダークサイドとは

いっぽうで、多様性や包括性にもダークサイドがあります。しかも闇はなかなか深い。長い歴史を振り返ると、この「さまざまなありよう」や「共生」をめぐって激しい対立や戦いが生まれたことに気づかされます。たとえばそれはキリスト教vsイスラム教。たとえばそれはツチ族vsフツ族。迫害されたユダヤ人、少数民族、同性愛者など、枚挙にいとまがありません。「異質なものを追い払おう」「われわれの拠りどころに矛盾する存在を排除しよう」といった動きの中で、数々の人生が狂わされ、たくさんの血が流されて……。

たしかに、「みんなが生きやすい社会」というフレーズは耳ざわりがいいのかもしれません。「みんな違ってそれでいい」。表面的に言葉だけを取り出せば、それらはときに牧歌的、朗らかでのびのびとさえ聞こえてくる。
けれども歴史を振り返り、人間の内面を見つめるとき、この「さまざまなありよう」は大なり小なりダークサイド、影の部分を連れてくるのに気づかされます。そしてある日私たちは、このことが宗教や民族など大それた話などではなく、むしろ個人の物語に付いて回る迷いであり、ためらいであり、怒りであり、哀しみであろうことにハッとさせられるのです。

はっきり書きます。
もしもわが子と同じクラスに、AちゃんやBちゃんみたいな変わった子、普通じゃない子がいたとしたら、正直どう思いますか? きれいごと、建前だけではありません。影のほうもセットです。
「あんな子がクラスにいたら、うちの子に迷惑」でしょうか。
「あの子は、授業の足を引っ張っている」でしょうか。
「あの子とは遊ぶのはダメ」でしょうか。
保育園や小学校に入った子どもは、広い世界のすこし手前、小さな社会に晒されます。大切な自分の子どもが家庭というクローズドな場所から、さまざまな人の住む「世の中」に出て行くとき、親たちは往々にしてこの種の問いにつかまります。

ああ、親って大変だなあ……。正直そう思います。ときに胸に手を当てて、自分の中で考えなくちゃなりません。どこまで何かに加担して、どこで何かに線を引くのか。まるでそこでなけなしの度量というか、精神性みたいなものを試されているような気がして。

幸か不幸か、私はこれといった宗教を持ちません。けっして自分は崇高になんてなれないけれど、人類史上最大のベストセラー(聖書)にこんな言葉があったので引用して終わります。

「光はしばらく、あなたがたの間にある。暗闇に追いつかれないように、光のあるうち歩みなさい。暗闇の中を歩く者は、自分がどこへ行くのか分からないから」

(終わり)

 

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