【ロンドン子育て・浅見実花のちょっと立ち止まって Vol.10】最終回「10歳になるきみへ」

現在ロンドンで3人の子ども(9歳,9歳,6歳)を育てるライターの浅見実花さん。東京とロンドンの異なる育児環境で子育ての「なぜ?」にぶつかってきた彼女にとって、大切なことは日々のふとした瞬間にあるのだそうです。まずはちょっと立ち止まって、自分なりに考えること。心の声に耳を澄ましてあげること。そういう「ちょっと」をやめないこと。この連載では、そうしてすくい取られたロンドンでの気づきや発見、日本とはまた別の視点やアプローチについて、浅見さんがざっくばらんに&真心を込めて綴っていきます。

最終回は、お誕生日を迎えたお子さんへ、浅見さんがいま伝えたいこと。だんだん大人になっていく「きみ」への気持ちが詰まっています。

最終回「10歳になるきみへ」

ハッピーバースデー。

きみは今日で10歳になる。どんな気分だろうな。思わずきみの気持ちになって想像してみる。やっぱりこれは節目だよ。2けたってすごいよね。こっちは目が回りそうだけど。私はきみがまだフニャフニャしていて、たよりなかった頃のことを知っているからね。

でも、そんなきみもずいぶん成長した。体が大きくなって、心も頭も発達してきた。いつまでも子どもじゃない。だからこのタイミングっていうのも、わるくないと思う。

きみは最近、世の中に興味がわいてきたよね。テレビやインターネットでニュースを見たり、本やマンガ、雑誌を読んだり、学校の先生やほかの大人と話したり。そうやって何かに興味をもつのはすごく大事なことなんだよ。

どうしてだと思う?

「大きくなって役に立つから」
たしかに、それはあるかもしれない———たとえば、知識や事実をたくさん知っていれば、いい学校に入れるとかね。あるいは社会の仕組みを知っていたら、将来仕事で役に立つとか。いろんなことを言う人がいると思う。

でも、それだけじゃない。そういう実際的なこと、すぐに役立ちそうなことのほかにも理由があると思うから。たぶんもっと大事な理由。
それは興味をもつってことが、きみに希望をくれるからだよ。

「希望?」
うん、希望。ちょっと大げさに聞こえるかもしれないけど———きみの好きなスターウォーズに「新たなる希望/A New Hope」ってあるしね。でもそう、希望とかホープとか、きみに光をくれるもの。つらい時でもきみを勇気づけるもの。たとえそれがどんなに小さなバージョンでも。

なんだか話が急で、よく分からなかったかもしれない。
もう少しゆっくり話すね。

何かに興味をもつってことは、この世界の何かを知りたい、それについて関わりたいと思うことだよ。
世界といっても、日本とか外国だとかそういう意味の世界じゃなくて。なんていうか、宇宙全体。そもそも宇宙がどこまで続いているかも分からないけど、そういうものも含めて全部。きみの生きる果てしないこの世界。

多くの人は、この世界について自分なりに理解したい、関わりをもちたいと思っている。その中身ややりかたは、人によってまちまちだけど。
そうだなあ、例にとって話してみるね。

たとえば、科学者。科学者は、数字やロジックを使いながら、この世界で起きることを解き明かそうとする人のことだよ。あるいはそれが芸術家なら、彼らは道具や技術を用いることで、世界の姿を表現しようとこころみる。実業家は、お金を通じて経済という仕組みを活用しようとするし、親たちだって、きみたち子どもの可能性が開かれるよう応援する。

これは仕事や役目にかぎった話じゃないんだよ。
世界について理解したい、関わりたいという願いは、生活のいたるところに隠れている。

たとえばきみが、学校で友だちとケンカしたとするよね。きみはいやな思いをするかもしれない。いろんな気持ちがおしよせて———友だちはどうしてあんなふうに言うんだろう、なぜあんなことをするんだろう?———残念だったり悲しかったり、あるいは怒りを感じたり。とにかくいやな気分なんだ。クシャクシャしてさ。ドアをバタンとしめたくなるような。

いっぽうでそんな時、すごいことも起きている。きみはそのケンカを通して、友だちと自分との関わりを考えずにはいられないんだ。
「これからあの子とどう関わっていけばいい?」
きみはまた考える。その子のこと、自分のこと、それからほかの子たちのこと。自分とだれかの関係性。他者との関わりかたについて……。
実はそれも、きみが世界を理解する1つのこころみなんだよ。

世界について知ろうとすること、関わりたいと思うこと。これはたぶん人間の根元的な願いだろうと私は思う。
根元的っていうのはね、根が深くにあるってこと。ちょうど木の根が土の下、ミミズがせっせとたがやす地面の奥までつながっているみたいに。

もしかしたら、きみはこんなふうに思うかもしれない。
「でも世界は広いから。全部知ることなんて、できるかな?」
そうだね。世界のすべてをパーフェクトに知ることなんて、できないのかもしれない。たぶんだれにも。神様だって正直どうだか———私はとくに宗教を持たないからね、こんなことが言えてしまえるわけだけど。
でも、問題はそこじゃない。すべてを理解できるかどうかは、おそらくどうでもいいんだよ。問題は、理解したいという願い、関わりたいという気持ち、その根元的な欲求をもち続けていられるか。そっちのほうにあると思う。

たとえばそうだな、「これはおもしろいぞ」とか「もっと知りたいな」っていう気持ち、あるよね。自分の中から泉みたいにこんこんとわき上がる。それをどうか忘れないでほしいと思う。きみはこれから大人に近づくわけだけど、その気持ちを置いてきぼりにしないよう———大人になると、本当にいろんなことを忘れてしまうからね。
そうして一緒に、体も動いていけばいい。音楽を聴いた子どもがしぜんに体を揺するみたいに。

「うん、分かった、分かったよ」
きみはそう言うかもしれない。でも、あと少しだけ。ひょっとしたら、きみはこんなふうにも思っているんじゃないかな。
「それにしても、どうして興味をもつってことが希望につながるんだろう?」

それはきみの興味というのが、きみの世界を広げるからだよ。
ちょっと思い出してみて。「これはおもしろいぞ」とか「もっと知りたいな」っていう気持ち。いま、世界が広がる、その感覚。これが希望の正体だろうと私は思う。何かが見えた、何かにふれた、その瞬間。きみは体の中から外へ向かって駆け出すようなエネルギーを感じるだろう。

もっとも、外から見れば、きみの体は1ミリも動いていないかもしれない。きみはその時、いすに座って本を読んでいるかもしれない。その辺へぶらぶら散歩に出ているか、校庭を走り回っているか、コンピュータの画面を眺めているかもしれない。
実際の動きはどうであれ、とにかくきみはそれを感じる。それによって世界がちがって見えてくる。ほんのわずかに、自分でもうまく言いあてられないほどに。あるいはもっとはげしく、ドラマティックに。まちがえて電気フェンスにさわっちゃったみたいに。

ひょっとすると、結果はいつもいいことばかりじゃないかもしれない。感覚が広がった、そのすぐあとの世界がね。

たとえばだれかとケンカして、「なんだ、だれも自分を助けてくれないんだな」って思い知らされたときなんか。きみはどんより落ち込んじゃうかもしれない。「ああ、ひとりぼっちだなあ」なんて。「こんなことは起こらなければよかった」「世界なんか広がらなければよかったのに」なんてね。
でも、それも含めて全部だよ。いいことも、わるいことも。ブライト・サイドも、ダーク・サイドも。
なぜなら世界はまた広がっていくからね。きみの世界は変わり続ける。もう一度、また一度。何度でも。

ひょっとしたら、ひとりぼっちのさみしさが、かえってきみに自立について教えてくれるかもしれない。自分の力でやっていく、それがどういうものなのか。自分が自分でいられるのは、どんなときか。たとえばね。あるいは、ふさぎ込んだきみのところへだれかが訪ねてくるかもしれない。その人は何かヒントをくれるかもしれないし、何気ない楽しい会話がきみの気分を晴らしてくれるかもしれない。それともきみは一晩かけてぐっすり眠り、次の朝には気持ちよく目を覚めますかもしれない。昨日までの面倒をきれいさっぱり忘れてね。
ともあれ、世界はふたたび変わって見えるようになるだろう。

だからね。うん、そろそろ終わるよ。

きみはきみで興味をしっかり追うことだ。いいかい、しっかり追うんだよ。
それには手間がかかるだろうし、ひょっとすると友だちやグループや、いろんな大人や親なんかから(!)つぶされかけるかもしれない。けれどもきみは、それをしっかり追うことだ。
そうしてきみは、その手で世界を広げていく。少しずつ見える景色を変えていく。広がり続ける感覚が、きみ自身の希望になるから。

誕生日おめでとう。

(完)

 

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