子どもの“本読みスイッチ”は、いつ、どこに隠されているか、わからない。そして、いつかはきっと入るもの…。
そんなウレシイ実例を、ノンフィクションライター・須藤みかさんが取材してきてくれました! 全国の本好きキッズのご家庭を訪問する好評連載の第9回です。
小さいころに本が好きじゃなかった子は、そのままずっと本を読まないの? いえいえ、そうと決まったわけではないですよ、というのが今回のお話。
兵庫県在住の公立小学校5年生、ウキョウ君。中2の姉との2人姉弟だ。
目次
ふと、物語に興味を示すようになっていたと気づく…
兵庫県内のターミナル駅。夏期講習帰りのウキョウ君と、仕事帰りの母ユカさんと待ち合わせしたのは、8月のある日の19時。
「4年生までは、毎日毎日学童保育で遊んでいた子が、こんなに勉強するのかというくらい、生活が様変わりしました」
と、ユカさん。5年生から通塾が始まったのだ。
塾の国語の問題に出てきた物語のあらすじを丁寧に話してくれて、「続きが気になる」と、口にするウキョウ君。物語に興味が出てきた証拠だ。
しかし、低学年の頃は、本はほとんど読まなかったという。
低学年時代は“ゾロリ”でさえ「字が多い」と思う男の子
低学年の頃に多くの子どもたちが夢中になる『かいけつゾロリ』のシリーズ。1年生の時にウキョウ君も読んだが、「字が多いなぁ」。絵が多く、マンガのようなコマ割りもあるが、彼の心は動かなかったようだ。
2年生で覚えているのは、“スカイツリーを分解した本”。その頃、建物に興味があったからだ。
内容を聞いていくと、『しごとば スカイツリー』だった。ちなみに、この『しごとば』シリーズは、新幹線の運転士、パティシエ、寿司職人などさまざまな職業の仕事場が細密な絵で描かれていて、子どもたちに人気がある。
学校では毎日の朝読はないが、年に2回、読書週間がある。その期間は、一斉に読書をする時間が設けられる。持っていく本がなくて、仕方がなく、お姉ちゃんの本棚から『くまの子ウーフ』など、読みやすそうな本を借りていたと話す。
ユカさんは、「お姉ちゃんは本を読む子でしたが、ウキョウは図鑑を“見る”くらい。
ほんとに本を読まない子だった。
だから、ある日、読んでいる姿を見た時には衝撃でしたし、感動しました」と振り返る。
それが3年生の3学期のこと。
読書ゴコロに火を付けたのは、なんと友達のひとことだった!
ウキョウ君の心をつかんだのは、『電車で行こう!』シリーズだ。電車好きの小学生のチームが、全国各地を旅しながら、旅先や電車のなかで起きる事件を解決していく。現在27巻まで出版されている。
「幼稚園の頃から仲の良かった友達が、面白い本が学校の図書室にあるよって教えてくれました」
どんどん読み進めて行き、特に気になる巻は買った。作者が旅先で経験したことをもとに書かれているだけに、読めば読むほど電車に乗りたくなってくる。
昨年の夏休み(4年生)には、『電車で行こう!』ファンの友達3人と、4巻の『大阪・京都・奈良ダンガンツアー』のルートの一部をたどる旅をして、自由研究としてまとめた。
昨秋、母子で神奈川県の江ノ電(江ノ島電鉄)に乗りに出かけたのも、8巻の『走る!湾岸捜査大作戦』と10巻の『特急ラピートで海を渡れ!』を読んだから。鎌倉高校前駅のホームから見える海と夕日がきれいなことを知って、見たくなったのだ。
「夕日がきれいなことから、関東の駅百選に選ばれたのだと本に書いてありました」
とウキョウ君が言えば、ユカさんも
「普通は江ノ電に乗ったら江の島や鎌倉を楽しむんでしょうけど、鎌倉高校前駅がウキョウの目的なので、日暮れの前にその駅にいるように時間を合わせて動きました(笑)。確かに、本当にきれいな夕日でしたよ」
と続ける。
さらに今年の春休みは、再び母子で14巻の『サンライズ出雲と、夢の一畑電車!』を片手に、東京発の寝台特急「サンライズ出雲」に揺られた。人気のある寝台列車なうえに、切符は乗車1か月前の10時からJR窓口でしか購入できない。発売と同時に買うために9時55分に窓口に並んだ。
寝台の種類は、いろいろある。説明されているページを示しながら、サンライズツインを選んだのだとウキョウ君は嬉しそうに教えてくれた。
「電車が停車するたびに、時計を見て、時刻表を確認していました。時刻表を見るのも好きになったので、私は出張へ行くたびに、その土地の時刻表をもらってくるようになりました。お金のかからないお土産ですね」
とユカさんは笑う。
本好きの芽は、就学前にあった…?
聞けば、ウキョウ君の電車好きは幼稚園の頃からなのだという。機関車トーマスが大好きだった。リュックサック、Tシャツ、靴下、水筒、お弁当箱…。身につけるもの、使うものはすべてトーマス。周りから、トーマス君と呼ばれるくらいだった。
そのうち、「トワイライトに乗りたい!」と口にするように。
当時、大阪―札幌間を運行していた寝台特急のトワイライトエクスプレスのことだ。
ウキョウ君の願いを知って、おばあちゃんが連れて行ってくれたのは、年中さんの夏。東京に行き、青森を経由し、札幌からトワイライトに乗車した。旅の計画を立てたのはウキョウ君だ。それもなんと、『日本がわかるちずのえほん』と『新幹線のたび〜はやぶさ・のぞみ・さくらで日本縦断〜』という絵本を見ながら、旅のルートを決めていた!
中断期を経ても、いつか再燃できる興味を持っていたかどうかがポイント
たまたまウキョウ君は3年生まで、好みの本に出会えていなかっただけなのだ。『電車で行こう』に友達のおかげで出会って、電車好きが再燃した。
子どもが本を好きになるのに、早いも遅いもない。その日は、突然やってくる。その子の興味のあることにピタっとハマれば、本は読み始める。
本を手渡すのは、誰でもいい。友達かも知れないし、先生、司書、親かも知れない。
大切なのは、タイミングを逃さないこと
であろう。
ウキョウくんの本棚
3年生までに読んだ本
『かいけつゾロリ』さく・え/原ゆたか ポプラ社
『しごとば 東京スカイツリー(しごとばシリーズ 4)』作/鈴木のりたけ ブロンズ新社
『くまの子ウーフ』作/神沢利子 ポプラ社
ウキョウ君の本好きに火を付けたシリーズ、本
『電車で行こう! 大阪・京都・奈良ダンガンツアー』作/豊田巧 絵/裕龍ながれ 集英社みらい文庫
『電車で行こう! 走る!湾岸捜査大作戦』作/豊田巧 絵/裕龍ながれ 集英社みらい文庫
『電車で行こう! 特急ラピートで海を渡れ!』作/豊田巧 絵/裕龍ながれ 集英社みらい文庫
『電車で行こう! サンライズ出雲と、夢の一畑電車!』作/豊田巧 絵/裕龍ながれ 集英社みらい文庫
『日本がわかるちずのえほん』え/ふゆのいちこ 学研教育出版
『新幹線のたび〜はやぶさ・のぞみ・さくらで日本縦断〜』作/コマヤスカン 講談社
取材・文/須藤みか
ノンフィクションライター。長く暮らした中国上海から大阪に拠点を移し、ライターとして活動中。現在は、「子どもと本」「学童保育」など子どもの育みをテーマにしたものや、「大阪」「在日中国人」「がん患者の就労」について取材中。東洋経済オンラインなどに執筆している。著書に『上海ジャパニーズ』(講談社+α文庫)他。2009年、『エンブリオロジスト 受精卵を育む人たち』で第16回小学館ノンフィクション大賞受賞。地元の図書館や小学校で読み聞かせやブックトークも行っている。JPIC読書アドバイザー。小学生男子の母。